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【シロクマ文芸部】街クジラは空を飛ぶ

街クジラは空を飛ぶ。
街から街へと旅をする。
大きな胸びれと尾びれをゆっくりと動かし、風を捕まえ、優雅に泳ぐ。
「父ちゃん、あれはなに?」
畑のかたわらで、ひとり遊びをしていた子供が、父親に質問をする。
父親は鍬を振り下ろす腕を休め、手拭いでひたいの汗を拭いながら、子供が指差す方向を、目を細めて眺める。
金色に輝きながら揺れる麦畑の向こう、雪が消えた山脈の手前に、黒い大きな塊が浮かんでいて、ゆっくりと西に向かって行く。
「ああ、あれは街クジラだ」
「まちクジラ?」
「人を惑わすクジラだよ」

ついにこの街にも街クジラがやってきた。
身を震わすたびに、小さな金の塊が降り注ぐ。
10年前から塔の上で街クジラを呼び続けていたという男が、それは全て自分のものだと権利を主張したが、押し寄せる人混みに倒されて圧死した。
市長が全ての金を管理し、均等に市民に分けると宣言したが、誰もそんなことは信じなかった。
人々は目を見開き、両手をひろげながら、街クジラを追う。
ガシャンとガラスの割れる音がして、店が荒らされていく。ついに暴動も始まった。
暴動を制圧しようとしていた警察も、降り注ぐ金には勝てず、ひとり、またひとりと離脱して金拾いに夢中になった。
やがて、1発の銃声が響き、大きな袋を抱え男が倒れた。
ほんの数秒の沈黙。バサッという街クジラが胸びれを羽ばたかせる音が響いた。
それを合図に、人々は奪い合いを始める。
ビルの合間に叫び声が響く。
道路には夥しい数の死体が折り重なっていく。
街クジラが街の外れに差し掛かる頃には、市民の数はそれまでの1/10に減っていた。
呆然と座り込む人々を残して、街クジラは去って行った。

「やがてあの街も滅びるだろう」
「ほろびる?」
「そう、誰も住まなくなって自然に還る」
子供がふーんという顔で遠くの街を眺めている。
「ここにも昔は街があった」
「え?ここに?」
「そうだ。お前のひいおじさんの頃の話だ」
光る麦の穂を眺めながら男が言う。
麦畑の外れには、半分埋まり廃墟と化したビルを、蔦などの植物が覆っている。
男は鍬を振り上げて、土を耕しながら話し続ける。
「街クジラはな、この星にとって、一番害になる生き物を減らしているんだ」

シロクマ文芸部さんに参加させていただきました。
ひねりのない話ですが(笑)

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