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小説「ムメイの花」 #30理論の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。

7時まであと5分というところ。

ムメイの花は普通なら5時に花開く。
僕が起床をして屋根に咲く花を見た時は
まだ蕾でくったりとしていた。

今朝はそんな蕾の花を右手に持っている。


右手の花に視線を向けていると
誰かの視線を感じた。

多分、チャーリーだろう。

顔を上げると視線の正体はデルタだった。
デルタが珍しくカメラを下ろし
僕をじっと見つめているではないか。

そして、誰かに話しかけられている。
デルタはその人をまったく見向きもしない。

僕の方へデルタが歩いてくると
その誰かも一緒についてきた。

「おはよう、デルタ」
「イエス、ノーみたいに『なぜ』に対して
 一言でできる返事知らないかなぁ」

なぜに対する返事は理由が必要だ。
数字と理論を小さい頃から扱ってきた僕にはわかる。


「なぜだ!なぜなんだ?」

デルタについて来た誰かが大声を出す。

「なぜユーは黙っていろんな物の写真を撮るんだ?
 写真にすることで時間を止めたいのか?
 なぜ時間を止めたいんだ?」

「私、そんな深い意味はないんだよねぇ」
そう言いながら、デルタは
熱弁をするどこかの人の顔をカメラに収めた。

どうやらこの人は「リロン」という街から
ロケットに乗るためにムメイに来たようだ。

カメラを覗き続けるデルタを見かけ、
気になって質問をし続けているらしい。

「なぜまた、ミーの写真を撮ったんだ?」

デルタも懲りない子。
更にリロン人の顔をカメラに収める。

これではらち が明かない。
仕方なく僕はデルタの代弁をしてあげることにした。

これができるのはデルタのことをよく知る
この僕にしかできないことなんだ。

「写真を撮るのはそこに写したいものがあるからさ。
 理論立てるより、こころのままに動けるのは
 素晴らしいことだと思わない?」

「それでミーがなるほど!となるとでも?」

リロン人は僕の右手の花を見た。
「なぜ」の矛先が今度は右手の花に向く気がして、
思わず背中に隠した。

「理論ばかり考えていたら、
 そのせいで動けなくなってしまうよ。
 ほら、今みたいに、なぜなぜ?って。
 むしろ、理論を知らない方が幸せなんだよ」

「それは違う!理論を知ることで
 相手の感情が目に見えるのさ!

 ユーもオトコならわかるだろ?」

……はっ。

僕は目が覚めた。
代弁という役割を担わなければ
僕もこのリロン人と同じ
「なぜなぜ」なムメイ人だ。

このリロン人は確かに極端だけど、
わかる部分は多くある。

でも、今はデルタの立場で答えないと。


「か、感情が目に見える?
 なぜ?それはどういうこと?」

リロン人の顔が急に晴れた。

「よくなぜと聞いてくれた!
 例えば、ミーの顔を撮影したユー。
 ユーは将来カメラマンになりたいとする。

 今のミーにいくらカメラマンになりたい、と
 訴えてもミーは興味が湧かない。
 でも、そこでなぜに対する理論があったとき、
 マイセルフのことのように応援できるんだ。

 他にも、世の中の発明だってそうさ!
 発明までの理論は、感情を明るくさせるために
 すべて順序立てられている!

 理論を知ると、感謝や感動を感じるのだ!
 だから理論は隠された感情を知るために必要なのである!」



リロン人の熱弁が終わると
デルタはカメラを覗き、
黙ってどこかへ行ってしまった。

僕はまた他の強い視線を感じた。
チャーリーがこちらへ向かって来る。

チャーリーの手には花を1本握っている。
やっぱり花は蕾のままだ。

「アルファ、おはようっ!」

「おっと、今来たユー。
 ユーはなぜ花を持っているのか?
 蕾の花をなぜ持っているんだ?
 なぜその花を選んだんだ?」

「チャーリー、おはよう。あとよろしく」

僕もデルタの後を追いかけて
その場から離れることにした。



デルタに追いついたときには
何もない地面にカメラを向け写真を撮っていた。
リロン人がなぜと思うのも無理はない。

デルタは僕に気がつくと
僕の右手の花を写真に収めた。

「ハナヲミヨの理論はなんだろうねぇ。
 花と理論って難しそぉ」

デルタの言うとおり、
理論は難しいように思わせる。

そして僕にとって考えすぎて感情をも
無くしかねないものだった。

それが今朝は今までの僕とは
違う立場から考えてみたことで
初めて自分を俯瞰できた気がする。



チャーリーの方を見るとリロン人に向かって
「だーかーらー」という言葉に合わせて
足を地面に叩きつけている。

ブラボーが走って来るのが見えて、
両手を挙げ、助けを求めていた。


「理論によって感情が見えるなら
 ハナヲミヨの理論を考え続けるのも
 悪くないかもしれないな」

僕とデルタはリロン人とのやりとりを
遠くから見守っていた。


ぱんぱん、ありがとう。

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