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小説「ムメイの花」 #31価値の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には……


ついにこの日を迎えた。

ひしひしと迫っていた危機が現実に。
今朝からムメイの花が咲かなくなった。

きちんと自分の目でも確かめてみた。
もちろん他の場所も探してみた。
どこにも花は咲いていない。

そのせいでムメイの街は静かだ。

花がなくなってしまったということは
ロケットの燃料がなくなることを意味する。
つまり、ロケットが地球へ飛ばなくなるということ。

ムメイ外から来る他の街の人たちは
この事実を今知り、不服を申し立てている。
「困るではないか!どうにかしろ!」

僕は何も持たないまま、
静かにフェアリーズのメンバーを待った。


ブラボーが急いで走って来る。
いつものように石につまずき、抱えていた本を落とす。
「おはよう、街が静かだね」

デルタが現れる。
こちらもいつものようにカメラを持っていた。
「花、消えちゃったぁ。あ、おはよぉ」

チャーリーの家の扉が開き、姿が見える。
強い視線で僕を見つめてくるのは変わらない。
でも案の定、花を持っていることはなかった。

チャーリーはメンバーに挨拶をした。
「アルファ、ブラボー、デルタ、おはようっ!」


「みんなおはよう、
 フェアリーズ集合。でもどうしよう」

「私の写真の中では花は生きてるぅ」

「僕の本でも同じように花は生きてる。
 こんな時、本の世界では魔法も使えて
 自由な世界だと再認識したよ」

「アルファとボクの花は
 保存も蘇ることもないんだ!」

「そうだねチャーリー。魔法でも使えたらなあ」


僕の言葉とタイミング良く、
街に摩訶不思議な音楽が流れだした。

こんな不穏な朝に、マジシャンが
ショーを開き人を集めているではないか。

ハットを被り、ステッキを持つマジシャン。
言葉を発することはなく、
豊かな表情と巧みなジェスチャーで意思を伝える。

不服そうな他の街の人にも積極的に誘う。

「マジックショーだ!ボクが事実を暴いてやる!」
チャーリーはそう言って
集まる人の最前列まで走って行った。

僕とブラボーとデルタは
後ろの方で様子を見ることにした。


急にマジシャンは体勢を低くし、
人差し指を自分の口に持っていった。

みんなの注目を集めると
片方の手で持っているステッキで遊びだす。

振り回してみたり、手で叩いてみたり。

なぜか納得しない表情を見せる。
そして最前列にいたチャーリーに助けを求め、
ステッキを渡そうとした瞬間……

なんとステッキが花に変身した。

「なっ!?」
チャーリーは驚いて目を丸くさせた。
不服そうにしていた人たちも嬉しそうだ。

マジシャンは拍手をする人たちに対して
脱帽をし、深々と頭を下げる。

「この瞬間が続いたら良いねぇ」
デルタはこの瞬間をカメラに収めた。
僕の隣で見ているブラボーも微笑んでいる。


この瞬間が続いたら良い。

穏やかな周りの状況を見渡していると、
ひとり小さな女の子と目が合った。
チャーリーと同じくらいの年頃と見える。

自分の体より大きなリュックサックを背負い、
地球にでも出かける……
いや、ロケットは飛ばなくなってしまったんだった。

女の子は構わず僕に近寄って来た。
「お兄ちゃん、おはよう」

ブラボーとデルタも声がする方向を見た。

女の子は視線を僕から逸らすことはなく、
純粋で潤った目をしている。

「お兄ちゃん。みんながすごい!って言うことは
 カチのあること?」

「人によってかな。どこかへ?」

「行かない。
 私は地球に行く想像をしてここに来たの」

「地球に行く想像?」

「みんなが地球に憧れるから
 そんなにすごいことなのかなって。
 実際に地球に行くこともできないし、
 今大人になることもできないから、想像するの」

「妙に大人なことを言うね、君は」

女の子が発する”価値”という言葉は
少しばかり違和感を感じる発音だった。

「なら君にとっての価値は?」
好きなもの!特別に見せてあげる!」

女の子はその場でリュックサックを広げ始める。

ブロック状のシール、甘い香りのするペン、
マイクのケースに入ったラムネ、
髪の毛3本の両親の絵、紙で作られたお化粧のコンパクト……

「このリュックの中身はカチだらけ!
 お兄ちゃん、あの花が好きなの?
 ずっと見てたでしょ!」

マジシャンが出した花の方向を見る。

「好き?うーん、好きというより
 君の言う『価値のあるもの』かもね。
 ずっとこころに留まって、気になるものかな」

「好きとカチって別なの?」

価値は自分の目に映るものすべて。
 だから価値があるか、ないかは
 自分で決められるんだよ


「へえ!じゃあ無くなっても
 自分がいれば怖くないね!」

お友達にも教えてあげよう!そう言って
女の子は広げた価値のあるものを
リュックサックにしまい、またどこかへ。


デルタは女の子を見つめる
僕の横顔を写真に収めた。

ブラボーはチャーリーを見ながら呟く。
「変わらない価値はあるけど、
 今だけの価値も確かにあるかもね」


花の答えが見つからないまま
花が絶えてしまった今。

明日からどうやって探したら良いんだろう。

これも今だけの価値なんだろうか。

ぱんぱん、ありがとう。

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