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小説「ムメイの花」 #29肯定の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。

ぱんぱんありがとう活動を始めてから
僕の毎日は新しくなった。

一方で花の生命力は弱くなり続ける。

今朝、チャーリーが持つ花も
そのことをよく物語っていた。

当初は3本持っていたのに、
最近は2本に減っていた花。
加えて下を向いた弱い花だ。

今朝はいよいよ1本になってしまった。

「おはよう、チャーリー。今朝は1本なの?」

「おはようっ!
 別にアルファのマネをしてるわけじゃないからね!」

「それよりも花の成長が止まるどころか
 衰退していってるんだよなあ」


♪ジャジャ〜ン♪

「ムメイの大地よ!待たせたな!」

突然、鳴り響くギターの音と大きな声。
ロケットじょうの方向にどこかの人が
箒を地面に置き、ギターを持っている。

♪ジャジャ〜ン♪

「オレを育てたムメイ!
 あの時のオレを知るムメイよ、
 今のオレを見てくれ!」

それぞれの朝を急ぐムメイ人たちは
横目に見て通り過ぎていく人もいれば
コインを置いていく人もいた。

「あ、デルタだ」
チャーリーが呟いた。

いつの間にかデルタは
ギターのムメイ人の前で
カメラを構えている。


バサッ!

今度は何の音だ。
奏でられる、というよりは
物を落とすような音だった。

「あ、ブラボーだ」
再びチャーリーが呟く。

ブラボーはいつものようにつまづいて
落とした本を拾い、僕たちの元へやって来た。

今朝も無事フェアリーズ集合ということにしよう。


「おはよう。アルファ、チャーリー。あの人は?」

僕とチャーリーはさあ、と首を傾げた。

ギターのムメイ人の肌は
こんがり日に焼け健康的。
どこかの家で焼くパンの香りが重複して、
香ばしい香りを連想させた。


デルタが僕たち男3人の方に向かって指をさす。
するとギターのムメイ人は大きく手を振り言った。

「ムメイの仲間よ!
 調子はどうだい?盛り上がってるか?」


僕たち3人はギターのムメイ人の元へ。

「ごきげんよう!ムメイの若者たち!」

ギターのムメイ人は
ギターを背中に背負い、
箒を忘れずに手に握った。

「歌ってご機嫌な人ぉ。あ、おはよぉ」
デルタがみんなに挨拶をする。

「お兄さんは地球から帰って来たの?」
チャーリーが聞いた。

「オレはたった今、このワレワレ星1周の旅を
 コイツと共に制覇したところさ!」

ギターを指差し、コイツを強調する。
笑うたび、こんがり肌とは反対に
真っ白な歯が目立つ。
不自然に思えるほど歯並びも良い。

ブラボーは言った。
「旅をする人だったのか!」

「あれ?歌を歌う人じゃないの?」
僕はブラボーの言葉に疑問に思う。

「でも箒も持ってるよ?」
チャーリーは新たな疑問を運んだ。

「全部がオレさ!
 オレは旅する者であり、歌を歌う者であり、
 箒を使ってパフォーマンスをする者。
 全部がオレ!」

「全部ぅ」
そう言ってデルタはギターのムメイ人を示すもの
ひとつひとつをカメラに収め始めた。

「君たちもそれぞれ、
 自分を示すものがあるだろ?
 それも全部君ってことさ!」

ブラボーもチャーリーも
なるほどという表情で頷いている。

「僕にはお兄さんみたいに
 自分を示すものの数は少ないな」

僕には小さいときから扱い慣れている数字しか、
僕自身を示すものはない。

「本当か?言ってみろ。まずはその手の花だろ?」

「花のせいで自分を見失ったことがあるんだ。
 今だって花のせいで問題を抱えている。
 だから花が僕を示すとは言い難いかな」

「おいおい。問題は知らないが、
 花を持っている今は過去のお前が追いかけた
 血と汗と涙の結果じゃないか。

 過去信じたものが今の自分を作る、
 過去も今も愛していこうぜ?


「ねぇねぇお兄さん!
 そんな話よりボクにそのギター触らせてよ!」

チャーリーが話題を変えた。
背中に背負っているワレワレ星1周ギターが
気になっていたようだ。

「おお、良いだろう!
 愛する人に触れるように優しくな!」

ブラボー、チャーリー、デルタは
ポロンポロンとギターの弦を弾く。

時々、ハミングをしてみたり
歌詞をつけて歌ってみたり、
3人とも歌手になりきっていた。


僕が右手の花に視線を落としていると
ギターのムメイ人は言った。

「100%で生きたらわかるさ」

ギターのムメイ人を見上げると
僕の目をまっすぐ見て、続けた。

「ま、今も一生懸命だろうけどな。
 いずれは今の100%が変わる日が来るんだ」

「100%が変わる?」
「ああ、オレの補償付き!
 昔のオレがそうだったからな!」

「お兄さんも?
 誰かが気づかせてくれたの?」

「オレも探したけど誰も知らなかった。
 なぜなら……」


「ねぇねぇお兄さん!1曲歌ってー!」
またもやチャーリーが話題を変える。

「即興で歌うこともできるの?」
「即興リクエストぉ」
ブラボーとデルタも変わらず興味津々だ。

「面白いこと考えつくな!良いだろう!」


なぜなら……の先にあった言葉。
「なぜなら……人生みんな初めてだからな」

みんな初めてだから誰もわからない。
それでも過去も今も愛す。
過去信じて来たものが今の僕……。


出来上がっていく曲を聴いていると、
一部にこんなフレーズが構成されていた。

「オーディエンスも一体化できるなんて
 君たち才能あるな!」

それは、クラップユアハンズと掛け声の後、
ぱんぱんと2回手を叩く。

そして「ありがとう」という歌詞。

オリジナルの音楽が
ムメイの朝の街に響いていた。

ぱんぱん、ありがとう。

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