残るもの

次女が濃厚接触者になり幼稚園が閉鎖された。長女の小学校から感染者が出て、これまた休校になった。夫の上司が感染しPCR検査を受けた。これが、先週1日で起こったこと。自粛といえど、人の少ない公園をハシゴし外でのびのび遊ばせてきた。外に連れていくしかないのだ。体内に正確に時を刻む時限爆弾が備わっていて、決まった時間家にいたら爆発するようだ。食事を拒否し因縁をつけ喧嘩をし泣き叫ぶ様は、本当に爆発を見ているようで辛い。完全インドア派元美術部元図書委員の私のかわいい子供たち。

それでも、なるべく家の中で過ごさせたい。工夫はコロナ禍の始まりから1年でやり尽くし、もうストックが無い状態。まさに背水の陣。明日をどうやってやり過ごそうと考えると夜も眠れず、薬の量も増えた。冗談みたいだが確実に私の神経を摩耗させていたのは自宅で子供の面倒をみる、というストレスとプレッシャーだった。しかし追い込まれた時に絞り出すアイデアこそ身を助けるものだ。

「サン宝石」という会社をご存知だろうか。1979年創業、山梨県に本社、中国に自社工場があり、今まさに子供を育てている世代が読んでいた少年漫画雑誌の裏表紙などに広告が掲載されていたので記憶に残っている子育て世代は多いのではないだろうか。子供らしいキラキラしたリボンやパステルカラーの雑貨もあるが、早く大人に近づきたい子供のためのシンプルな指輪や磁石で耳たぶを挟むマグネットピアスなどが印象深い。子供でいたい、大人になりたい、を揺れ動く私たちは(少なくとも私のまわりの少女たちは)全員、サン宝石が大好きだった。誰かの家に集まり、お茶やお菓子を出してもらい、床の真ん中に広告を置いては深刻なミーティングを繰り返した。これとこれを買うと300円、あなたは250円、全員足しても送料無料にはならないから誰かあと少し買ってよ。私もこのキーホルダー欲しい。お揃いにする?ダメまだ決められない。また明日考えよう。1ページの広告が友達と集まる理由になり、話のタネになった。実際買い物まで辿り着けず散々買うものリストをいじくった挙句、次の号が出て買わずじまいになることの方が多かった。

家で退屈している娘をみていたら、ふと思い出したのだ。検索してみると、信じられない値段の商品が並んでいる。品質に差はあるだろうが、ZOZOTOWNで5800円だったが?というような指輪だって1円だ。どういう仕組みなんだ…。大人になった私はクレジットカードだって持ってる。お金も私が稼いだ。「ねぇ、なんでも好きなもの買ってあげようか」と娘に提案した時の快感は忘れられない。私は誰にも言われたことがない。娘2人がホームページをどんどんスクロールしたり戻したりしながら商品を選ぶのをホッとした気持ちで見ていた。デジタルネイティブは2歳からYOUTUBEだって自由自在なのだ。

「これにしようかな…でもこっちも欲しい」娘たちはいつも通り、何か1つを選ぶために全ての商品を閲覧し一番心惹かれるものを探していた。トーナメント表のようなものを心の中で描き、ヘアピンやネックレスを戦わすのだ。かつての私がそうしたように。「違う違う!何でも買っていい、ていうのは、欲しいもの全部ってこと」と伝えても理解が追い付かないようだったので「ママは~コレとコレとコレとコレとコレを買うけど」と言いながら手あたり次第に購入ボタンを押すと、安心したのかどんどん商品をカートに入れた。「ネックレスが欲しい!」なんて言っちゃって。ネックレスなんて難しい単語言えるようになったのか。最終的な合計金額は送料込みで3000円弱だった。ちょっといいマニキュア1本の値段だ。育児は間違いなく大変だが、子供を産んで良かったという感動の大波にのまれる瞬間が時折やってきて、私の人生まるごと救ってくれる。まさにこの瞬間だった。

私は親からおもちゃを買ってもらったことがない。抱きしめられたこともないし、可愛がられエピソードのようなものが一つもない。髪はいつも近所の床屋で短く刈られていた。医者に行くと「君は男の子でしょ?」とカルテの名前を確認された。祖母が内緒で買ってくれる月間の少女漫画雑誌だけが、私を女の子にしてくれた。

だから、私はどうやって娘を育てたら良いのか分かる。何をして欲しかったのか全部覚えている。長女は今年の春卒園式で私に「まいにち ぎゅうしてくれて ありがとう」という手紙を書いてプレゼントしてくれた。愛されていた証拠がひとつでも多く残ればいい。

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