世界史編のあとがき

来し方を振り返る
さてこれまで「歴史の重み」として古代から現代まで世界史をお話してきました。読者の皆さんには何が教訓として心に残っているでしょうか?

例えば、通常の世界史の本には書かれていない以下などは、いかがでしょうか。
・覇権は儲からない(維持費が大変)
・西欧がアジアよりも経済力をつけたのは、1815年以降
 (西欧がアジアにずっと憧れていたのです。ゆえに、シノワズリ(中国趣味)、ジャポニズムが西欧でもてはやされたのは、むしろ当然であり、また近年アジア経済の全体的な底上げに伴い、アジア憧憬が復活しつつあります)
・ナポレオンのせいでナショナリズムが生まれた
(ナポレオンが国民徴兵制度を始めたので、国家総力戦が生まれ、郷土愛以上に、国民に国家第一を思わせる(国民には迷惑な)ナショナリズムが生まれたわけで、ナショナリズムは、そもそも国民を戦争に駆り立てるためのレトリックなのです。平時にナショナリズムを振りかざす政治家は、二流です)
・民主国家は王政よりも長命になりうる
(民主国家では、定期的にリーダーを変え、国民の不満のガス抜きが可能であるのに対し、王政では、適宜国民の不満のガス抜きができず、革命という国民の不満の暴走の結果、王政は倒壊します)
・思考・意思決定の多様性が社会・技術発展に貢献
 (巨大な中央集権は一見効率がよいように思えますが、一つ間違えれば効率よく破滅への道を進みます。中国の王朝は蒸気を動力源とする機械を禁止し、徳川政権は一定以上の船舶製造を禁止しました。一方、中国とほぼ同じ面積のヨーロッパでは、地形の複雑さから統一国家が生まれることがあまりなく、多くの王国、宮廷が存在しました。その中のイギリスでは、王政が弱く、憲法、国会を許す一方、資本力を持つ裕福な貴族や商人が誕生し、ワット少年のアイディアを具現化し、新しい動力源を様々な形で活用する社会を作り上げていました。アジアの一握りの人々が発したアジア全体の技術発展を妨害する政令を墨守した結果、アジアに遅れていた西欧が追い越してしまいました。)
・一方の言い分だけを聞いていては危険
 (一方が100%被害者で一方が100%加害者ということはあまりありません。情報源がどんなバイアスを持つかを把握し、複数情報源を持つことが重要です。当事者やその支援者は様々なレトリックを駆使します。正しく己を知りて敵を知りましょう。)

それとも、古今東西、人間は戦争してばかり、人間は学ばないのか、というため息が出たでしょうか。争いが人間の本能に組み込まれているからでしょうか。しかし、欲望の赴くままに他者から奪っていいものでもありませんし、争うにしても、望むことのできる限度というものがあります。この一線を守れずに、望みすぎて敗北した人々が、歴史に満ち満ちています。

「欲望の抑制は難しい。」これも、テーマの一つです。20世紀以降に限っても、英仏の戦時国債回収のため、ドイツに過剰な賠償金を課すことを躊躇わなかった、第一次世界大戦後のモルガン家、弱腰の英仏首脳を見くびりすぎて際限なく戦線を広げたヒトラー総統、昔日のローマ帝国の再現を夢見たムッソリーニ首相、満州国建設に味をしめ、際限なく戦線を広げた日本の軍部しかり、直近ではパレスチナの人々の生存権を無視しているイスラエル政権も入るでしょうか。

その一方で、大事業を成し遂げながら、身の丈(自らの能力)と対戦相手を考慮した講和条件で長期間の平和を実現した稀有な人物もお話しました。ドイツ統一及び普仏戦争で勝利に導いたビスマルク宰相、ナポレオン戦争後の講和条約を平和裏に取りまとめたメッテルニヒ宰相です。また、戦争には敗北したものの、オスマン帝国という過去の栄華を安易に追い求めず、トルコ共和国に身の丈に合った国家運営を定着させたムスタファ・ケマル、英仏の介入を許さずに徳川幕府体制から中央集権体制へ概ね平和裏の移行を企画・演出・出演した勝海舟も、特筆に値するでしょう。他にも、自身には欲望の限界が見えていながら、周囲の高まる欲望を抑えられなかった人物としては、犬養毅首相や石原莞爾も挙げていいでしょう。

個人ではないですが、イギリス帝国の歴代リーダーたちも多少の失敗はあるものの、身の丈をきちんと理解していたといえるでしょう。強い時は世界を股にかけ、第一次、第二次世界大戦による疲弊を正しく認識し、植民地経営を直接支配から「間接支配」へと舵を切り、身の丈を超えていた覇権維持コストを「特別な関係」であるアメリカへ移譲しました。

しかし、現実にはこのように身の丈を見極められる人や国は非常に少なく、欲望で身を亡ぼす人は多いのが現状です。

では、欲望で身を亡ぼすなら、無欲・禁欲を目指せばいいのか?と逆に極端に走るのも、考えものです。凡人は、なかなか宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」の理想像にはなれません。ましてや、世界にそのようなことを強要する術もありません。

昔から人間が社会に装備してきた処方箋(知恵)は、「宗教・道徳観」です。各地で説明方法は様々ですが、多くの宗教や道徳観は、社会が存続するために必要な中庸(バランス)、寛容、思いやりを説きます。

科学が今日のように発達する前は、多々恐ろしい自然現象があり、死がもっと身近な存在であり、宗教や道徳観が人々の心の中に占める割合が全体的に高い状態でした。「知らないこと」が多い中、「死とは何か?」、「なぜ雨が降らないのか?」等天に向かって問わずにはいられない問いの答えを、宗教に求めました。

しかし、科学により「知らないこと」が多少でも減ると、脅威の大きさは変わらなくとも、恐れは減ります。それと共に、宗教の依存度も減ります。そして、「宗教・道徳観」は古臭いものとして、軽視されていきます。

一方、科学は人に自然の原理の多くを説明しましたが、宗教に代わって中庸や寛容を説教しません。行き過ぎた物欲や戦争が地球に及ぼす悪影響の原理を説明するのは、知識です。しかし、その事実を厳粛に受け止め、過剰な欲望を抑さえるのは、知識ではなく知恵なのです。

その知恵は、正直特別なものでも難しいものでもありません。先人たちが長年言い続けてきた、中庸や寛容、あるいは社会的動物としての常識なのです。例えば、他人をケガさせたら、相手はどう思うのか、3,4歳の子供でも分かります。

そうした常識を、なぜか出世するほどに、あるいは社会的、経済的に強くなるほど、忘れがちになります。そうした天狗鼻に自分でいかに早く気付けるか、しかも集団としての知恵として、いかに意識して社会にビルトインできているかが、重要なのでしょう。

これからどうなるのか?
今後アメリカ覇権はいつまで続くのか、中ロは引き続きアメリカ覇権に挑戦し続けるのか、正確な予測は難しいです。ただ、中ロその他の国々が結束をしようとしている動きを、BRICS+という観点から考察しました。このBRICS+は、第一、二次世界大戦時のドイツのように、覇権国に真っ向勝負するよりは、G7を中心とする国々をスルーし、独自の経済圏構築に向かっているように見えます。互いに核大国であるため、直接対決を避ける努力を双方ともにするでしょうが、現在のウクライナやパレスチナ情勢のように、中ロ側からの、アメリカ覇権の妨害、失墜を意図した間接的行為は続くように考えられます。

一方、衰退を敏感に感じ取っている欧米首脳たちは、こうした「嫌がらせ」にうまく対処できず、国民の間に右翼的思考の広がりが見えてきています。特に近年のヨーロッパでの極右派の勢いは、懸念すべきでしょう。こうした状況では、互いが強気な態度をとり、柔軟な対応がますます難しくなっていくでしょう。

そこで地球市民として心配なのは、中ロが国際武器ビジネスのキープレーヤーであるということです。ロシアは、ソ連崩壊後外貨獲得のためにハイテクな武器類を、欧米が「破綻国家」、「ならず者国家」とレッテルを貼る国々、あるいはその地の軍閥に販売し、その流れは変わっていません。また、中国は、ソ連のアフガン侵攻に対抗するためCIAが多くのローテク武器類を中国に発注したことから、このビジネスに深く参入し、あっという間にイランや中東諸国等へ販路を手広く持っています。

アメリカ覇権のタガが外れることにより、今日見る中東地域のように、それまでアメリカ覇権により抑えこまれていた不満分子の武装集団が活動を活発化するでしょう。そこへ中ロ企業がますます参入し、その結果、武器が安易に外部から流入してこなければ発生しない、あっても小規模であろう流血が、人的被害が、大きくなり得ます。

一方、中ロのリーダーが共に独裁者的な性格を帯びてきていますので、彼らの後継プロセスも要注意リスクです。往々にして、独裁者は力のある後継者候補を排除しがちです。毛沢東時代から主席が後継者として任命していても、後で後悔し、排斥してしまうこともしばしばです。そのため、国民の不満が蔓延する中、中央で後継者争いが発生すれば、地方で反乱がおきるリスクもあります。その場合、いずれも国も国土が広いですから、分裂の可能性も大いにあり得ます。(特に中国は、統一と分裂を繰り返す歴史を持っています)

このような脆弱性をチャンスとして、欧米は虎視眈々と見ていますから、独裁者の健康状態は極秘情報です。よって、外部からはこのリスクがいつ顕在化するかは見えにくく、いつ起きてもおかしくない一方、起きてしまえば、その後の混乱の度合いは測り知れません。韓半島の歴史を見てきました通り、近隣は強すぎても、弱すぎても困るのです。

このようなリスクを念頭に入れつつ、また著者のお話を聞いて頂き従来の親欧米歴史観から脱却しつつ、アメリカ覇権の衰退期という、大きく物事が変わり得る不確実な潮目の中に、チャンスを捉え、読者の皆さんには前向きに逞しく世界をまたいだご活躍を祈念いたします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?