サウジ皇太子の野望

3月10日サウジアラビアとイランが中国の仲裁で国交回復するという電撃ニュースが報じられました。どこが電撃かと言えば、それまで犬猿の仲と評されており、それが火種となり、紛争が起きているからです。

従来の構図:犬猿の仲のサウジアラビア・イラン
イスラム教の宗派上からも意見があわない両国ですが、勢力的にいえば、イランはレバノン、シリア、イラク東部、イエメンの一部に、サウジアラビアはイエメンの一部を除くアラビア半島に勢力を持ちます。また、サウジアラビアにアメリカがつけば、イランにはロシア、(中国)がつきます。

2011年からシリア、2015年からイエメンで代理戦争を起こしていました。シリアではアサド政権をイラン、ロシア側が、反乱勢力をサウジアラビア、欧米が支援し、シリアへ経済制裁まで課しましたが、やがて注目がテロ組織からテロ国家に変貌したISに移り、アサド政権打倒の勢いは次第に収束していきました。また、イエメンではイエメン政府は親サウジアラビアですが、国民の多くはイランと同じシーア派なので、反政府勢力をイランが支援します。サウジアラビア的には、シリアは国土から少し離れた地中海沿岸ですが、イエメンは自国のすぐ南西に位置し、油田や原油の運搬ルート上をテロで攻撃されたら大変な損害です。

こうした状況に加え、アメリカが「世界の警察」であることをやめ、中東での米軍プレゼンスが凋落していきます。そして、恐らく決定打はバイデン政権誕生でしょう。大統領選当選前からサウジアラビア皇太子(以後MbS)を人殺しだと考えていることを隠さず、バイデン政権はオバマ時代のようにイランへの歩み寄りを図りました。

確かに、MbSは、なかなか激しい性格を持っているのでしょう。CIA報告によれば、MbSを批判したサウジアラビア人ジャーナリストを殺害したと言われる他、2017年には親イランのレバノン首相をサウジアラビア訪問中に監禁し、辞職を強要しました。*

MbSの独立系安全保障政策の軌跡
しかし一方で、恐るべき戦略家の顔を見せます。恐らくほとほとアメリカに愛想を尽かしたのでしょう。独自の安全保障戦略を考えるようになったと推察します。自力で敵を倒せないなら、味方にしてしまうのが上策です。そして、実に慎重かつ大胆に行動します。

第一に、自国の勢力圏の地固めから始めます。それが、カタールとの和解です。カタールはアラビア半島のペルシャ湾側にある小国なので、サウジアラビアとイランに挟まれた格好です。その地の利を活かして?、サウジアラビアとイランとの仲介的な役割を果たそうという姿勢が強すぎたか、サウジアラビアにイラン寄りすぎと目されてしまい、サウジアラビアやアラビア半島の仲間たちやエジプトから2017年以降制裁され、干された格好になっていました。それを2021年1月に制裁を解除し、再び仲間に引き入れました。

第二に、シリアとの国交正常化へ動きました。2021年6月には合意間近との報道がされています。欧米主導の経済制裁でも倒れず、今後も倒れそうにないため、損切り(現状追認)した格好です。そして、シリアと仲直りすることで、イランとの代理戦争(わだかまり)が一つ減ります。ちなみに、この選択は、オバマ政権が投げ出したシリア問題を引き継ぎ、ウクライナ戦争の影響で自軍を撤退させたいロシアの思惑とも一致します。

第三に、イスラエルへの接近です。サウジアラビア自身は顔を出しませんでしたが、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプト、モロッコ、イスラエル、アメリカの外相会談が2022年3月に開催され、**対イラン政策でアラブとイスラエルが手を組んだ印象を与え、中東で対イラン包囲網が生まれるかのように演出しました。加えて、サウジアラビアとイスラエル間でも同年7月にイスラエルの航空機がサウジアラビア領空上を飛ぶことをサウジアラビアが容認する等の直接合意がなされました。これにより、イランの孤立感が高まり、イランとの直接交渉で有利に働くであろうと計算したように考えられます。事実外相会談直後の4月より、サウジアラビアとイランは、イラクにおいて国交回復の直接交渉を開始しています。

第四に、同年8月自国の勢力圏内のUAEにイランと国交回復させました。***このようなUAEの動きはサウジアラビア政府の内諾なくして行われませんので、次にサウジアラビア自身が行おうとしていることは、見る人が見たら分かります。別に仲裁国がなくても、サウジアラビアとイランは国交回復できているのでしょう。

第五に、ようやくサウジアラビアとイランの国交回復です。但し、ここでのキーポイントは、中国を「頼まれ仲人」に選んだという点でしょうか。ここで問うべき質問は、なぜロシアではなく、中国なのか?です。米欧は既に論外です。アメリカが作った、中東での力の空白は、基本的にロシアが埋めています。

まず、ロシアが本来の適役のはずなのですが、あいにくウクライナ戦争で世間的にあまり体裁がよくありません。それ以上に、ロシアばかりに依存したくないと考えたのでしょう。特にイランは、欧米中心の国際的な制裁に対し、従来ロシアに支援を求め、国連の非難決議等で拒否権を行使してもらってきました。また、シリアにもロシアの影響力がイランの陰で色濃くあります。そのような国に「借り」を作るのは、ロシアの影響力を不必要に拡大させ、第二のアメリカのように制御不能な大国になってもらっては困ります。よって、まだ大口顧客以上の影響力があまりない中国に、「仲人」を依頼したと考えられます。

MbSの次の一手
さて、サウジアラビアとイランの和解を知り、未だ反応していないイスラエルは、昨年せっかくアラブの隣国たちと対イラン包囲網を作ったつもりだったのに、と歯ぎしりしているはずですし、アメリカという保護者不在の中、孤立感を深めるはずでしょう、と考えるのが一般的ですが、本当にそうでしょうか?

サウジアラビアはアメリカにイランとの交渉を連絡しているといいますから、イスラエルにも事前に伝わっているでしょう。ですから、イスラエルは裏切られたわけではないでしょう。サウジアラビアとイランの和解も視野に、イスラエルはサウジアラビアとの国交樹立を目指していると考えます。もしサウジアラビアが仲裁役となり、イランのイスラエル敵視をしなくなれば、イスラエルにも活路が見えます。

しかし、イランとの仲裁込みかもしれない、サウジアラビアとの国交回復の代償は何でしょうか?それこそが、MbSが真にほしいもの、核兵器です。

イランとの和解で戦略家MbSが満足するかといえば、違うでしょう。イランとの和解だけでは、アメリカなきサウジアラビアの安全は保障されません。周辺では、イスラエルは確実に核兵器を持っています。イランで平和目的以上に核技術を使用しているのかは、不明ですが、いつ軍事転用してもおかしくはありません。中東大国で核兵器を持つ見込みがないのは、サウジアラビアだけなのです。

核技術ばかりは、安易にどの国も売るわけではありませんの(北朝鮮は金額次第でしょうが。。。)ので、売ってもらうには、相応の必要性がその国になければなりません。

ですから、実質イスラエルの安全保障と引き換えに、サウジアラビアへ核技術を売ってほしい、加えて国交樹立後にはサウジアラビアのオイルマネーが直接イスラエルのハイテク企業へと投資に向けられるわけで、イスラエル経済にとっても大きな利益が見込まれる、悪い取引ではないはずだ、とMbSが問い、ネタニヤフ首相が悩んでいるのだと考えられます。事実、サウジアラビアがイスラエルとの国交樹立の代償が核技術であると報じられています。****

いうまでもなく、もしイスラエルが断れば、サウジアラビアとイランが対イスラエル包囲網を形成し、孤立を深めます。アメリカも中東でのプレゼンスは薄れています。またロシアは、イランのパトロン的な存在であり、かつ今回のウクライナ戦争で原油増産をしないことでサウジアラビアに恩を売られています。そう簡単にイスラエルに好意的に仲裁してくれないでしょう。

かといって、核技術を移転すれば、アメリカの逆鱗に触れることは間違いありません。

ネタニヤフ首相にとり究極の選択です。今後も目が離せません。

*“Lebanese PM Hariri ‘pressured to resign’ by the Saudis”, Al Jazeera, December 25, 2017.
https://www.aljazeera.com/news/2017/12/25/lebanese-pm-hariri-pressured-to-resign-by-the-saudis
**「イスラエル、アラブ4カ国外相と融和演出 イランにらみ」日本経済新聞、2022年3月28日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR274GK0X20C22A3000000/
***“UAE ambassador to Iran to return, 6 years after relations severed”, Al Jazeera, August 21, 2022.
https://www.aljazeera.com/news/2022/8/21/uae-says-ambassador-to-iran-to-return-to-tehran-in-coming-days
**** “Saudi Arabia Offers Its Price to Normalize Relations With Israel”, NY Times, March 9, 2023.
https://www.nytimes.com/2023/03/09/us/politics/saudi-arabia-israel-united-states.html?action=click&pgtype=Article&state=default&module=styln-saudi-arabia-foreign&variant=show&region=MAIN_CONTENT_1&block=storyline_top_links_recirc

吉川 由紀枝 ライシャワーセンター アジャンクトフェロー

慶応義塾大学商学部卒業。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)東京事務所
にて通信・放送業界の顧客管理、請求管理等に関するコンサルティングに従事。2005年
米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて修士号取得後、ビジティングリサーチ
アソシエイト、上級研究員をへて2011年1月より現職。また、2012-14年に沖縄県知事
公室地域安全政策課に招聘され、普天間飛行場移転問題、グローバル人材育成政策立案に携わる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?