イラン新大統領は「改革派」か?

今年6月、7月にイランで、日欧米メディアが言うところの「改革派」ペゼシュキアン大統領が選出されました。第1回目の選挙では投票率40%と、国民のやる気のなさが出ていましたが、保守派と改革派の決選投票となった2回目投票では、投票率がようやく50%に伸び、「改革派」が勝利したという格好です。

そこで、ペゼシュキアン新大統領は本当に日欧米メディアがいう「改革派」なのかをテーマに見ていきたいと思います。しかし、その前になぜイラン国民にやる気がないのか、解説していきましょう。

イラン革命後の憂鬱
イラン革命の際にホメイニ師は、政教一体の政体を作り上げ、政治指導者=宗教指導者(ホメイニ師)の体制となりました。しかしこの体制は、彼の死後様々な問題を呼び起こします。第1に、後継者問題です。ホメイニ師の死後、そうそう都合よく政治指導者=宗教指導者の両方を担える人物がいるはずもありません。ホメイニ師が後継者として目をかけていた、中堅学識者のハーメネイー師を最高宗教指導者に「昇格」させ、憲法上国家における宗教指導者の役割を強化させた上で、政治指導者と宗教指導者のポストを分割しました。

新体制下では、宗教指導者は、従来の全軍の総指揮権、宣戦・和平・軍動員の布告、大統領罷免権、最高司法長官、統合参謀長、革命防衛隊総司令官、国軍最高司令官の任免権に加え、国民投票令の公布、国の全体的な政策を描く、国の全体的な政策が適切に実施されているかを監督する、という権限を持つに至ります。

すなわち、イラン大統領の権限は、大きく制限されており、同じ「大統領」だからといって、アメリカ大統領とイラン大統領の権限は大きく異なることに、留意すべきですし、イランの場合宗教指導者の言動も併せて考慮する必要があります。

第2に、神ならぬ政治家は様々な失敗をしますが、宗教指導者となると、神を権威の背景に背負っている分、失敗の許容度がなくなります。よって、誰も政策の誤りを指摘できず、言論の自由が奪われやすくなります。これでは、単なる新しい形態の独裁政権でしかなく、憲法を作った意味がありません。

第3に、宗教が政治体制の中に組み込まれると、単なる政治イデオロギーに堕ちてしまいますし、宗教界内の「出世」の基準も宗教的学識の深さではなく、政治手腕になってしまい、宗教が本来もつ訴求力が失われます。そのため、従来シーア派宗教界は庶民からの宗教税や寄付で生計を立てていたのですが、近年その額が減り、ますます宗教界は政府(宗教指導者)に依存せざるを得ない、という悪循環に陥っていると言います。

こうして、宗教指導者が世俗の政策をイスラムの教えにおいて正しいかをチェックするという、従来のイスラム版チェック・アンド・バランスが機能不全となり、近代以降一般国民の味方と考えられていた宗教指導者への一般市民の支持が揺らぎます。(19世紀末、イラン国王が財政難から、イギリス商人にイラン国内のたばこ専売権を売り払い、これに国内たばこ業界が反発し、全国的な抗議運動に発展する過程で、宗教指導者のトップが専売権売却を取り下げるまで禁煙するよう教令を発布、かなりの順守率で人々が禁煙したため、国王もやむなく取り下げた事件がありました。以降、宗教指導者が民衆の利益を代弁して国王に政策転換を迫るという政治運動が生まれていったと言います。)

事実、ホメイニ師が始めたイラン革命の輸出は、彼の死後になってやっと控えるようになり、レバノンのヒズボラへも穏健化を求め、一時は政党としての活動へ軸足を移したのでした。

機は熟したとみたハタミ政権(1997-2005年)は、「文明間の対話」を謳い、欧州やイスラム諸国との関係正常化に尽力し、国際的孤立からの脱却を図りつつ、国内では、「法の支配」、「市民社会の確立」、「表現の自由」等を掲げ、国民の支持を得ることに成功しました。しかし、ハタミ大統領の政敵(保守派)と宗教指導者が結びついたのみならず、ブッシュ(子)大統領による「悪の枢軸発言」でイランを名指ししたことにより、彼の国内外改革は失敗に終わってしまいました。このため、国民の政治改革への失望が、広く広がってしまう結果となりました。

ペゼシュキアン大統領は本当に「改革派」なのか?
さて、ペゼシュキアン氏は、大統領選で掲げた主な公約は、ヒジャブ(女性のスカーフ)着用に関する規制緩和、ネット規制の撤廃、国際経済制裁緩和に向けての対話でした。一方、宗教指導者であるハーメネイー師を「イマーム」と呼ぶなど、保守派への敬意を早々に示し、過度に刺激しないように配慮を怠らなかったと言います。またできもしない派手な公約を掲げ、国民の期待を煽らない、低姿勢かつ慎重な選挙運動であったと言います。さらに、(大臣経験者にしては)質素なイメージ(選挙運動中、「財産は家2軒と庭だけ」と発言)も、国民に受けたと言います。*(裏を返せば、保守派にクリーンなイメージがない、すなわち汚職、腐敗がはびこっているということです)

なお、近年ヒジャブを「正しく着用」していなかったとして女性が逮捕された上、獄中死したという事件があり、女性票を得るための格好なアピールではありました。また、国民に課せられているインターネット規制当局も、大統領権限下にあるようで、慎重に若者(浮動票)を取り込めるいい訴求ポイントです。加えて、経済面の改善を訴えた点やクリーンなイメージがうまく保守層を切り崩し、大統領選を制したと考えられます。

経歴的には、ハタミ政権での保健大臣であり、今回の選挙ではハタミ元大統領の推薦を得たと言われ、主に国内政治ではそれなりに成果があるものの、外交面では未知数となります。そのため、イランでは改革派と言われます。これらの要素を以て、イランで改革派といわれる人物が、日欧米メディアが意味しているところの「改革派」と同じとは限りません。

日欧米メディアがいうところの「改革派」とは、イスラエルの北部(シリア、レバノン)でイスラエルを脅かすヒスボラや中東からヨーロッパへ原油輸送ルートである紅海の安全通行を妨害するフーシ派への支援を縮小・停止し、核開発を進んで放棄・IAEA査察を喜んで受け入れてくれる人物だと考えられます。(むしろ、オバマ政権が進めていたイランとの核開発抑止に向けた取り組み(JCPOA)を弊履のごとく捨てたトランプ元大統領が、アメリカで再選されれば、またハタミ元大統領同様、「改革派」を失脚させ、せっかくの好機を失うのではないか、という危惧の方が広く伝わっているかと思います。)

確かに、ペゼシュキアン氏は、イラン経済不況の原因は欧米主導の国際経済制裁にあり、その緩和に向けて対話を進めると発言しています。そのため、欧米メディアは、そして恐らく欧米政府も、経済制裁緩和の条件として上記のような行動を期待するわけです。そして、そのような行動をとり、政権を追われたハタミ元大統領の衣鉢を継ぐ人物として期待しています。

しかし、その通りにすれば、ハタミ元大統領と同じ運命が待ち受けていることが明白なので、有能な政治家であれば、そのようなことはしないでしょう。

したたかさが垣間見えるペゼシュキアン氏
当選発表から数日後、ペゼシュキアン氏は「新世界への私のメッセージ」**と題する文章を地元紙に寄稿しています。(前任・ライシ元大統領の外交上の成果であるサウジアラビアとの国交回復、BRICS+への加盟を受け、)最初にトルコやサウジアラビア他湾岸諸国、イラクとの関係を重視し、域外(欧米)からの干渉を拒否できるよう、地域内で団結を図るべきだとしています。これには、イスラエルによるパレスチナ人虐殺の停止を求めることも含まれます。(中東で広く認識されている、イスラエルの存在自体が欧米干渉以外何物でもない、という考え方が反映されています)また、苦しい時の友である中国やロシアとの関係も維持していきたい、さらにグローバルサウスとも良好な関係を構築していくと、述べています。

その次に(大分格下として扱いたい意図が透けて見えます)、ヨーロッパとは国際経済制裁緩和に向けて話し合いたいと言っています。トランプ政権時代にJCPOAから一方的に撤退し、経済制裁を科したアメリカと異なり、ヨーロッパは引き続きJCPOA合意内容の順守を自主的に継続してくれたことを評価し、関係改善を期待するとしています。一方、アメリカに対しては、トランプ政権以降の一方的な経済制裁を非難しています。

ペゼシュキアン氏は、「力のロジックではなく、ロジックの力を」、と訴えています。ここから、欧米が期待しているような、ヒズボラ・フーシ派からの撤退を経済制裁撤廃の条件として、(少なくとも最初から)呑む気はないという姿勢が見えます。JCPOAを一方的に打ち切ったのは、アメリカであり、核拡散防止を推進したいのなら、交渉のテーブルに戻ってくるべきはアメリカです。アメリカが交渉のテーブルに戻るために、イランから何かしらの譲歩を求めるべきではないし、アメリカの圧力に屈する気はないというわけです。その上で、イランは核開発の意図を持たないと主張しています。

ペゼシュキアン政権の今後を予想するのであれば、アメリカの大統領選の結果如何なところもありますので、「改革派」というレッテルだけで、(イラン側の譲歩なく、)ヨーロッパがどれほどの態度軟化を示すかを観察しつつ、米大統領選の結果が出るまで、特に目立った動きはしないのではないでしょうか。元々、ヒズボラ・フーシ派を支援しているのは、イラン国軍ではなく、宗教指導者直下の革命防衛隊であり、大統領の管轄外ですから、そうそう簡単に取引できません。また、ヨーロッパ政府もアメリカ大統領選の結果を見てから考えたいでしょうから、11月まで棚上げでしょう。

その一方で、国内での政治基盤を強化する動きに集中すると考えられます。前述の通り、宗教指導者周辺の腐敗が広く蔓延し、有権者を遠ざけているのは確かなようです。経済がよくない折ですから、腐敗撲滅の名の下に、国庫から宗教界への黒いカネの動きを暴露し、宗教界への支援縮小を求める方向へ世論を誘導することが考えられます。

元々イスラムでは、宗教界が世俗政策をイスラム的に間違っていないかをチェックする役割分担をしており、宗教界が元の役割に戻るべきだと考えている人々は宗教界の中にもいるでしょう。少なくともハーメネイー師(既に今年で85歳の高齢です)の後任が世俗政府への干渉を自粛すると宣言する等、大統領職の権限が実質的に拡張できれば、ヒジャブ着用、インターネット規制撤廃から、シーア派国家が近隣スンニ派諸国を脅かさないことを示し、スンニ派諸国との結束実現等、本来ペゼシュキアン氏が実現したいことを行えるでしょう。

ペゼシュキアン氏のお手並み、拝見しましょう。

* “Will Iran’s new president fulfil his promises?”, Al Jazeera, July 6, 2024.
https://www.aljazeera.com/program/inside-story/2024/7/6/will-irans-new-president-fulfil-his-promises
** “My message to the new world”, Masoud Pezeshkian, Teheran Times, July 12, 2024.
https://tehrantimes.com/news/501077/My-message-to-the-new-world


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