ニューヨークに憧れる理由その1 変な子・・・憧れの街ニューヨーク・・・7

ニューヨークに憧れる理由はいくつかある。

私は、子どもの頃から〝変な子〟〝変わった人〟と、しょっちゅう言われていた。今でこそ個人が尊重され、個性と言われるが、私はずっと〝変人〟だった。
「ねえ、私の変な子、変わった人って、具体的にどんな事? それは悪いこと? いけないことなら直すから言って」
けれど、皆、口をそろえて言う。
「いや、悪くないし、特にここって言えるほど変じゃないけど、何か変わってるよね」
散々聞いてきた文言だ。私自身は至って穏やかに機嫌よくいるだけなのだが。

田舎に住んでいて、〝将来ニューヨークに住む、ニューヨークで日本人向けに書く人になる〟と言ったとき、周りのほとんどの人は、口をポカーンとあけ、キツネにつままれたような顔をしていて、誰1人、応援してくれる人はいなかった。昭和の終わり頃のことだ。

実際に上京して、東京でも同じように宣言した時、〝日本が嫌でニューヨークに逃げる愚か者〟扱いされたこともある。
どうして自分のやりたいことなのに、口にしただけでみんな変な表情になるのだろう。私はそんなに突拍子もない、悪いことを考えているのだろうか。私の頭がおかしいのか、真剣に悩んだことがある。
けれども、随分後になってニューヨークの情報がドンドン入ってくるようになったとき、益々憧れるエピソードに出会った。

例えば日本で、あれがしたい、こうしたいと主張して、それが一般的ではなかったとき、人に後ろ指を指されたり、コソコソよからぬ噂話をされる。
ところがニューヨークでは、〝あらそう。それがあたなの夢なのね。それがあなたのやりかたなのね。じゃあ頑張って。応援してるわ〟と、言われる街なのだと知った。

また、日本は多くのことが年齢を基準とされているため、年齢が上がるにつれて仕事に就けなくなったり、低賃金の重労働で生きていかなければならない。
けれど、アメリカ、特にNew Yorkerは、年齢は関係なく、むしろ、年齢を理由に雇わない企業は訴えられるとまで聞いて、門戸が開いた気がして、憧れる想いは、ますます強くなった。

今はグローバル化が進み、個性や個人が尊重されるようになり、ずいぶん世界が広がったが、昭和時代はまだまだ狭い狭い世の中だったように思う。

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