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カヤックで知床半島一周⑨(ペキンノ鼻超え その後)

2日目の朝。まあまあ波が立ってる中を、爺の素晴らしいテクニックのスライディングでスタートしたカヤック。 この画像を見るとまだ日焼けもしてないし、若干寒そうでもある。

さて。これから向かう「ペキンノ鼻」という難所。 先日から何度か連呼していて、私も現地で聞いていて頭の中は、あの「北京」でいっぱいだった。
しまいには中華料理が浮かんできて無性に冷麺が食べたくなったという副作用が激しく起こってしまった。。。想像力ってオソロシイ・・・
実際の謂れは全く違っていて、アイヌ語で「ペケレ」明るい・「ノッ」木の生えてない・「鼻」岬。 だそうです。 ぜんぜんちゃうやん。。。
更にその名前とは裏腹に、うっそうとした番屋と古びた鳥居が醸し出す雰囲気は何とも言えず。。そこで昔本当にあった事件を元に武田泰淳が小説『ひかりごけ』を書いたのもうなずける。 

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波に押されるように、そして少しづつ慣れてきたカヤックを漕ぐ手が疲れる間もなく難所「ペキンノ鼻」が目の前に近づいてきた。何度か漁網が張られた場所と「浮き」を超え、大きな岩と岩の間の隙間を漕いでいったりと、なるほどちょっと油断するとチン(転覆)しそうなシーンに何度か遭遇。
少し落ち着いてゆっくり漕げる!と思ってふとカヤックの下を見ると!

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良くご覧あそばせ。 昆布です。。この辺りですと、あの、あの、あの、、
羅臼昆布とか根室昆布とか言っても良いのですよね? それが、大量に美しくふらふらと水中に泳いでいるのでございます。
とっさに京都で時々行く「お出汁専門店」を思い出す。。。下世話なはなし、もちろん価格の事であります。。確か羅臼昆布は最高級品の棚にあったような。。。しかも一枚〇千円していたような。。。ってことは。。。
もう私にはお札がひらひらしているようにしか見えない煩悩だらけのダメ人間と化しておりました。。なぜ。。なぜこうなってしまったんだろう私。笑

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ま、冗談はさておいておいて(半分本気)、難所を超えてしばらくいった頃に、ようやく休憩所となるべきところに到着するはずが、なぜか目的地の兜岩がなかなか現れない。。。どうやら見誤ったか?とのことで(私達にはどの岸辺も同じような岩や崖が続いてるようにしか見えず、まったく見分けがつかないけれど)一旦、戻ることに。。ところが戻っても戻っても、到着せず、、「え?やっぱりまだだったんじゃ?」ってことで再度、進むと決めたものの、皆、かなりの距離を漕いできたこともあり(しかもお昼も食べてなく腹ペコ)カヤックを付けられそうな岸を見つけて休憩することに。

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岩だらけで平なところが全く見えない岸辺でしたが、なんとか皆、無事に上がり、例のアルファ米ピラフの昼食を食べる事に。
今日はキノコご飯だな。。という事で選んだものの。。二日目にして食べにくいパサパサした冷たいご飯に飽きてしまいお腹空いてたけど食べきれなかった。。。あぁ。なんて贅沢にできてるんだ。私は。。贅沢言うな!と言いたかった。自分に。。 
とかなんとか言いながらお腹を満たしている私達でしたが、ガイドさん達はこの場所の安全性を確認しに、少し離れた場所をチェック。
それもそのはず、ここに着く少し前にヒグマを(カヤックから)見かけてたものだからもしかしたらいるかもしれない。。というチェック。
で、、、案の定、「ここはマズイ。皆さん、食べたらさっさと行きましょう。ここはマズイです。ほんとに。早く出発したい。」 とのこと。
ちょっと離れた砂浜に新しいヒグマの〇ンチが落ちていたからだとか。
私達は見てないけど、まだホヤホヤで新しくて、しかも繁殖期の今、一番であっちゃいけない母熊のものらしい。。もはや「やっぱり母親同士、話が分かるわあ」なんて通じるわけもなく。立った時の大きさの推定約2メートル。体重400キロ。え。じゃあ、じゃあ、ジャイアント馬場さんより大きいの?(古い)じゃあ、じゃあ、八村塁さんと同じくらい!?(ま、それなら比較しても。。ちゃうか) →ヒグマの怖さを目の当たりにしてない私達の想像力はこんなもんです。だから無謀な近づき方するのだろうとおもふ。

と言う訳で少し休憩してランチやお菓子で英気を養った私達は、再び今日のキャンプ場になる兜岩を目指して、カヤックを漕ぎだしたのでした。

続く。→⑩話はこちらから

→①話から読みたい方はこちら



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