easy poem「トレンチコート」
一歩
また一歩
足を前に出すたびに
こぼれてゆくもの
が、ある気がして立ち止まる
トレンチコートを着た男が
肩にぶつかって
舌打ちをしながら
追い越していった
「ごめんなさい」
は、通過する急行列車の轟音
に、かき消されて
ななめ45度、頭を下げた
地面には何も落ちていない
不安はどす黒い赤色をしていて
動悸とともに身体中を
一気に支配してゆく
拾うことさえ許されないこぼれもの
は
謝らなくてもよいもの
なのかもしれない
トレンチコートの男から
離れた列に並ぶ
遠くの高層マンションの灯りは
点々と斑である
この男が帰るところには
灯りが点いているのだろうか
金曜日の夜の車内は
金曜日の匂いがする
電車を降りるとトレンチコートの男が
足早にエスカレーターを昇り
改札を抜けてタクシーに乗りこんだ
やがて交差点を右折して消えた
駐輪場で精算して自転車をこぐ
今日は
「ごめんなさい」
を、3回ほど言葉にした
灯りの点いた家に着いたら
4回目を言わなければならないのだろう
舌打ちの代わりの大きなため息
は、白い
トレンチコートが欲しい夜だ
#日記 #詩
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