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日記「お義父さん」

私の父親は18年前に亡くなった。今、私が「おとうさん」と呼べる人は夫の父親だけ。夫の父親はもうすぐ喜寿を迎える。まだ元気ではあるが昔に比べて大好きなお酒の量は減ったし昔ほど活動的ではなくなっている。その代わりなのか難しい顔をしがちだったがここ数年はとても表情が柔らかくなりかなり饒舌になった。息子の嫁と話すのは照れくさかっただけなのかもしれない。

夫の家族はとても仲が良い。夫、未婚の夫の妹、義父、義母、そして私と娘。6人で写真を撮ると私だけが余所者の顔をしている。余所者なのだから気にはしていないがやっぱり血が繋がっていないのだなと感じる。義母は「あんたは娘と変わらんけん気ぃ使うことなかよ」と口癖のように言ってくれる。義父とはちょっとした物事の考え方が似ている時がある。ほんの些細なこと。例えば駐車場に車を停める時は絶対お店の入口付近とか、私の村上春樹好きを理解してくれるのは義父だけ。そんな話になると私と義父は意気投合する。すると義母はちょっと可愛らしくやきもちを焼く。義父と義母は若い恋人同士とは違った年季が入ったいちゃいちゃ感を醸し出す。みんなで笑い合う。そしてその光景に家族という文字が頭に浮かぶ。

私の家族にはそうゆうのはなかった。不仲だったわけではない。けれど夫の両親のような自然な仲の良さというのは全く感じられなかった。だからなのか夫の家族の中にいると幸せな気持ちになると同時に違和感みたいなものを感じる。家族。私には似合わない場所。家族。私には一生溶け込むことのできない場所。家族。

夫は義父母のような夫婦に、夫の家族のような家族に、私たち家族もそうなりたいと思っているのかもしれない。私にはたぶん無理なのだろう。家族というものの考え方が私には欠落している。色んな家族があって良いのだと思う。ただたぶん夫が描いているであろう理想の家族像を、私が現実化してあげることはできない。私には家族のあり方がわからないのだ。そのことに気づいたゴールデンウィークだった。

私の父は良い父親ではなかった。今はもう恨んではいない。幼い頃の父親との優しい想い出だけが父親に対する拠り所である。それでいい。「お父さん」と呼べる人はいないけど「おとうさん」と呼べる人がいる。お義父さんとたくさん話をした。とういうより久しぶりにお酒を飲んで饒舌になったお義父さんの話を聞いて笑った。父親とは違い誠実に真っ直ぐに家族の為に生きている人。改めてお義父さんに尊敬の念を抱いた。

別れ際にどうしても言いたかったことを正直に伝えた。「私にはおとうさんと呼べる人はお義父さんしかいません。お義父さんが居てくれて心強いです。いつもありがとうございます。」と。うんうんと千鳥足で頷いてたけど、酔いが回っていたしもう覚えていないかもしれない。それでいい。

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