見出し画像

(SM短話)紅をさす

『知らない遊びをしよう』


あれはどの歌の詞だっただろう。
当時はその言葉の意味がわからなかった。
いや、お手て繋いで仲良く遊ぶ、とでも解釈していたかもしれない。
男と女の違いさえ、「着ている服が異なる」程度の認識だった頃だ。



結った髪からはらりと落ちたうなじの後毛が気になり、鏡の前で何度か直そうと試みている。
家を出る時にはおさまっていたはずなのに。
これから上位の立場となる上で、少しでも気になる要素はできるだけ排除をしておきたかった。



隣の部屋には、私に飼われることになった男がいる。


ー 女に性的に支配されることで欲情する男 ー


彼は今ごろ、きっとこの扉が開くのを食い入るように見つめながら待っていることだろう。


後毛を纏めるのを諦め、化粧ポーチから口紅を取り出す。
艶のある黒の細長い円筒の中央にゴールドの飾りが光る。
蓋を取り、指先でクルクルと軽く回すと、普段の生活では決して使うことのない特別な色が顔を出した。


わずかに唇を開き、その形をなぞるように丁寧に色をのせていく。
口紅の色というものは、この世に何百、何千、何万種類、存在するのだろう?
毎シーズン微妙に色味を変えては「春の新色!」などという女性誌の見出しとともに商品となり、誰かの唇を彩っている。








その色は意識をしなくても人が惹きつけられてしまう。
色彩の専門用語では「誘目性が高い」と表現するらしい。


きっとそのために口紅は存在しているのだろう。
憐れな男の目を誘い、
こちらに引き寄せて、
逃れられないように捉え、
最後は心と体の髄まで喰らい尽くしてしまう。
女の唇はまるで疑似餌だ。


そんなことを考えながら、口紅をポーチに仕舞う。
そして、代わりに傍に置いていた黒い鞭を手に取った。
もうすぐあの男の背中は紅色に染まる。
どんな綺麗な色を私に見せてくれるのか。


目の前の扉をゆっくりと開き、男を正面に見据えた。
少女は大人になり、微笑みながらその唇をひらく。



「知らない遊びをしましょう。」


記事を読んで、何かサポートしたいなって思ってくれた方がいればお気持ちで。 続けるモチベーションになります! 次の記事も楽しみにしていてくださいね。