見出し画像

音信(一二三)

京都駅の新幹線の中央改札を出ると、正面に近鉄線の改札が見えていた。
八時をまわったところで、月曜日のコンコースはちょうど混雑する時間帯だった。冬休みにはいっているので制服姿の高校生はあまりみかけないが、乗客のほとんどは勤め先に向かっている人々のようだ。
人波が途切れるタイミングをみはからって、できるだけ通勤客のじゃまにならないようにと、すぐそばに駅員が立っているいちばん端の改札機へ向かった。
慣れた手つきでアイフォンをかざして通った春希に続いて、ぼくは自分のすぐ後ろにせまってくるパンプスの足音を気にしながら、PASMOのカードで改札をくぐった。
春希はぼくをふり返り、大きな看板のある柱のそばでキャリーバッグをわきによけて足を止めた。シカの親子が緑の芝生に座っている写真を見ながら、ぼくがデイパックのポケットにカードをしまうのを待った。
乗車ホームへむかう途中で、特急券の自動券売機が目にとまった。
「特急券を買わなきゃ」と春希が言った。
「そうだったな」
ぼくがまたデイパックを肩から外そうとしたのに気づいた春希は、ポケットからアイフォンをとりだし、
「まとめて買うよ」と言った。「近鉄奈良まででよかったよね」
券売機のパネルを、春希がスマートに操作しているのを横で見ながら、
「奈良へは行ったことがあるの?」とぼくは訊いた。
以前にもここから乗って、特急券を買った経験があるのかもしれないと想像してそう訊いてみたのだが、
「保育園のときに行った。ママとお兄ちゃんと三人で」と春希は言った。
「この列車でいい?」
ぼくはうなずいた。はじめてのことでも難なく順応できるのは春希らしい。もっとも春希に限らず、そういう柔軟性を持ち合わせているのが若いということなのかもしれない。
「兵庫県のおばあちゃんに泊まって、そこから行ったよ」
和歌子の実家は、神戸に近い。
「じゃあ、きっと大阪経由だな」とぼくは言った。
「うん。よく覚えてないけど、京都へは来てないと思う」
近鉄奈良からの電車が、神戸方面からの阪神電車と相互乗り入れをするようになったのは最近だが、それ以前からも、神戸から奈良や伊勢志摩へ向かうときには、すぐ隣りの大阪を経由するのが通常だったはずだ。わざわざ京都を経由したりはしない。
「はい、これ」
券売機から出てきた特急券の一枚を、春希がぼくに手渡した。
発駅の「京都」の文字が目にとまった。
京都を乗り換えだけで素通りするのは惜しい気がする。
「新幹線の最終は、何時ごろだろう?」とぼくは言った。
「おじさまがこないだ言ってたシンデレラ・エクスプレス。新幹線は零時までに東京駅に着かなきゃならないから、十時前ごろじゃない?」
「帰る日に、すこし寄り道していくかい?」
とぼくは言った。
「春ちゃんが家に着くころには魔法は解けてしまってるかもしれないけど」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?