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音信(一二二)

「金木犀も植えられてるかもしれない。見分けられる?」
と和歌子が言った。
「花の色がちがう。においも」
とぼくは答えたが、
「花の季節は終わってしまったんだったよな」
さっきの和歌子の言葉を思い出して、そう言った。言ってから、「もっとはやくに」と言っていた和歌子がまた自分を責めないようにと、ぼくはあわてて言葉をついで、
「葵のお母さんの友人や、秋ちゃんっていう、葵の幼なじみに訊いてみればわかるかもしれないけれど」
話の矛先を自分に向けるつもりだった。
そもそもぼくは、そのふたりに会って話すとはっきり決めているわけではない。なにしろぼくは、たった今、その旅館を訪ねていくことを思いついたばかりなのだ。
「銀木犀を探しにきた理由を説明するとすれば、ぼくはどんなふうに話を切り出せばいい?」
「むずかしいよね」と、和歌子は言った。
「なにか、いい手はないかい?」
和歌子はしばらく考えてから、思いついたようにアイフォンを操作すると、開いた画面をぼくに見せてきた。
「おぼえてる?」
ぼくが撮った銀木犀の写真だ。十年前に、和歌子のマンションのエントランスの植え込みに咲いていたのを、フェイスブックにぼくが投稿し、島本さんが「いいね!」をくれた。和歌子がこれを見知っていたことに、ぼくは驚いた。
「『建物から出たときに、ふっと鼻先をかすめたあまい香り。雨に濡れた白い花が可憐』。ほら、この葉をよく見て」と和歌子が言った。
「金木犀の葉はギザギザがないの」
葵のデッサンをぼくは思いだした。そう言われてみれば、葉の縁にちいさな鋸歯が描きこまれていたような記憶があった。
「旅館の庭の木のなかから、これと同じ葉の木を、ぼくが探すのかい? 写真をたよりに?」
和歌子はかぶりをふった。
「春希がいるでしょ」
ぼくは納得した。春希なら、難なく探せるだろう。
 
座席につくとすぐに、改札内のコンコースの売店で買って持ちこんだ缶ビールのプルタップをあけた。冷えのぼせた身体に、胃の底に降りてくる刺激が心地よかった。
車内アナウンスのあとに、『いい日旅立ち・西へ』の車内メロディが流れた。その続きの八小節を春希が小声で続けた。
「もっとよく聞こえるように歌ってくれないか」
「なに、あらたまって。はずかしいじゃん」
そんな言葉とはうらはらに、春希はまわりの客を気にするふうもなく、パンフルートのように明るい声でサビの最初から歌ってみせた。
ぼくの頭には、山口百恵が歌っていた当時の歌詞がうかんでいたのだが、『朝焼けの風の中』と、春希が歌っているのを聴いて、ぼくは、おや、と思った。
「ぼくの世代が記憶しているのとは、歌詞がかなりちがう」
過去が現代に立ちあらわれてくる感じは、過去への回帰でも郷愁でもなかった。
ぼくらの世代に流行していたデザインに似せた衣装を、若いひとたちが今風にまとって町を闊歩するのを目にしたときのような、新鮮で斬新な感動をおぼえた。
「じゃあ、こんどはおじさまが知ってる歌詞で歌って」
それまではおあずけ、とばかりに、春希がぼくの手からビールの缶を、ひったくるようにした。
仕方なしに、ぼくは春希が歌っていたキーから半音上げて、『夕焼けをさがしに』と口ずさんだ。
「『母の背中で聞いた、歌を道連れに』。小学校六年生だったかな。四十五年くらいまえの曲だね」
春希がはじけた笑顔といっしょに返してきた缶を受けとったぼくは、照れ隠しにまた一口飲んだ。
「もとの歌詞に出てくる昭和の原風景のイメージなんて、春ちゃんたちのような若い世代にはぴんとこないだろうね」
言いながら、そんなふうに子守唄を聞かされた記憶は、ぼく自身の子供時代にもすでになかったなと思った。
「『歌を道連れに』のフレーズは同じだよ」と、アイフォンで歌詞を調べていた春希が言った。「原曲では北へ向かってたんだね」
あたらしい歌詞の通り、ぼくは西へ向かっている。大学生女子の歌声を道連れに。

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