私の中のたくさんのワタシたち
久しぶりに外に出て相変わらずの家の空気に辟易とする。
ここでの私は『遥』という役割をこなすだけの存在。
高校も卒業をする頃『遥』は大学への進学を決めたらしい。
なにをするにしろ私の人生では無いのだから勝手にしたらいい。
母親が夜勤でいない静かな部屋で携帯だけが私をここにつなぎとめている。
私がメールを送ると直ぐに友人から返事が来た。
『電話がしたい』と。
珍しいこともあるものだと友達からの着信を待って沢山話しをした。
お互い不眠なのもあったし私を私として扱ってくれる数少ない友人だったから居心地が良かった。
『もうこんな時間だね。学校だよね?ごめんね。』
「どうせ眠れないし大丈夫。」
私がそう言うとそれはそうだ、と友達が笑った。
クラスがかわって多少マシになったものの学校に私の居場所なんてない。ここは『遥』の場所。私はわきまえていたから。
『遥』が作ったノートのこともしっていた。
みんなで仲良くしましょノート。
呆れるほどのお人好し。
辛い記憶を押し付けてしまってごめんなさい。
あなたたちと仲良くしたい。
したいことがあれば言って欲しい。
みんなの体だから。
そんなことが綴られたノート。
反吐が出る。
それは自分のものだから言えることだろう。
自分のものを持ってるからいえるセリフだ。
ここにお前が認知していない、名乗ることも許されない私がいるのに随分高尚な精神だな。
私はとにかく『遥』が嫌いだった。
傷を作ってもそのノートには『辛かったんだね、ごめんね』とかかれていて馬鹿らしくてやめた。
遥の友達をわざと遠ざけてみたりしても何も言わない。授業をサボってみても何も言わない。
それどころかバイト代を好きなように使っていいと封筒に入れて置いておく始末。
バカみたい。
私が遥かに思うことはとにかく気に食わないイイコちゃんだった。
でも私から関わらなければそれでいい。
母親が夜勤でいなくて私が外に出ている時は友達と電話をすることが増えた。
友達も不眠。私も不眠。
『久々に眠気が来た。』
友達がそんなこと言った。たしか午前三時頃。
「寝られそう?」
『うん。でも明日朝早いんだよね。少しだけ寝れそうだからユキおこしてくれる?』
「もちろん。電話するね」
そう言って電話をきった。
外が明るくなってきた頃電話をかけた。
友達は出ない。
何度もコールする。
出ない。
よほど眠れたのかな、とほっとしたような気がする。
そのあと何度かかけても友達は出なくていやいや遥の代わりに大学に向かった。
大学からの帰り道に友人から着信があってすぐに出る。
『もしもし』
知らない声。友達の声じゃない。
誰?
切ろうとすると電話の向こうの誰かがそれを引き止めた。
『娘のご友人ですか』
ヒヤリとした汗が背中を伝う。
「しずくさんの友人です」
『そうでしたか。娘が最後に話した履歴があなただったのでお電話させて頂きました』
最後?
『娘は今朝亡くなりました。』
そのあと何か言っていた気がする。
死因はなんだったか、何を言ったかほとんど私は覚えていない。
しばらくして電話を切って地元に帰る電車に乗って家に着いて鞄を放り投げてルイに『会いたい』とだけメールを送った。
『朝行く』
そのメールがどれだけ心強かっただろう。
どれだけ私はルイの存在に救われただろう。
明け方の公園でルイにすがりついて泣いた。
ルイは黙ってた。慰めの言葉も、変な同情も何も言わなかった。
『楽になれたんやろか』
帰り際呟いたルイの言葉を私はまだ忘れることが出来ない
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