#14【趣味】学生時代に書き溜めたmixiの日記をサルベージ

mixi😊

2006年(今から14年前)当時、大学生で時間が有り余っていた僕は、狂ったようにmixiに文章を書き連ねていました。

そんなmixiで書き連ねた文章たちは、もうほとんど誰の目にも止まらないような状況。

でも、当時は情熱と時間を費やして、何かを伝えようとしていたのだと思います。せっかくなので、昔書き連ねたmixiの日記のうち、まぁ客観性があって読みやすいものをここにサルベージしてみます。

あくまで趣味文章ですので、ご興味のある方はどうぞ。

1.夕暮れカフェ

「ブレンドコーヒーのMサイズを」


僕はカフェに入って、店員に注文した。砂糖は2つ、ミルクは1つ。テーブルにコーヒーを置いて、僕はソファにゆっくりと座った。周りには一人で読書を楽しむ人や、談笑している若いカップル、待ち合わせであろうか、タバコをもみ消しながら時計に何度も目をやる若い男なんかがいたりする。

もう2年くらいであろうか、両親が離婚するという話が持ち上がったときにも僕はこうしてカフェで一人でコーヒーを飲んでいた気がする。寂しいときには逆に一人でいたいと思うときがあるものだ。砂糖とミルクを入れてかき混ぜれば、真っ黒いコーヒーはたちまちミルク色に変わる。


「お父さんとお母さんは別々に暮らすことにした」


当時大学2年の僕はショックを隠し切れなかった。切なすぎて夜は毎日一人で泣いていた記憶がある。僕はコーヒーを口に運んでそんなことを思い出していた。こういうときは苦いコーヒーのほうが似合うのかな、僕は一人で苦笑してしまった。


祐輝という名前の由来は、昔一度だけ聞いたことがある。「祐」という字は助けるだとか、そんな意味があるらしい。「輝」という字はそのまま訓読みすればかがやくとなる。
優しくて思いやりがあって、人の中で輝ける子になって欲しいと願って命名したのだそうだ。

考えてみれば僕は親に大事にされて育ってきたと思う。小さな頃はとても臆病で、泣き虫で、物静かな少年だった。そんな僕をいつも支えてくれたのはお母さんだった。お母さんは自分の体が弱いながらも、一生懸命パートで働いて僕らを支えてくれたのだ。少し大きくなって、日曜日には色んな遊びや運動をお父さんとしていた。サッカー・野球・剣道・自転車・鉄棒、お父さんは女々しい僕にあらゆる遊びを教えてくれた。運動ができるようになると性格も明るくなるものだ。


コーヒを半分くらいまで飲んで、少しかき回して、周りを見る。そこには何の変哲もない、いつもどおりの日常の時間が流れている。


両親という存在は、どんな子どもにとっても一番重要なものだ。両親がけんかなんてしていると子どもはいてもたってもいられなくなる。小さい頃、そんなけんかの原因を少しだけ耳にしたときから、いつかはこういう日が来るということは覚悟していたのだ。覚悟はしていたけれど、いざとなると人間は弱い。僕は何も出来ずにただ現実を受け入れることしかできなかった。


両親が別れて、僕は父親側についた。主な理由は金銭面のことであるが、それ以上に僕は父を一人にすることができなかった。お金にちょっとだらしないかもしれない、息子一人まともに大学を卒業させる貯蓄もないかもしれない。だけど、ただ男として父の背中を押して、一緒に歩んでいきたかった。


僕は残ったコーヒーを飲み干す。底には溶け残った砂糖が少し、カップにはコーヒーの色がまばらに付いている。カップと受け皿がぶつかるときの「カラン」という音が周りの雑音のなかで妙に映える。気付くと外は少し夕日が差してきた。冬は日が沈むのが早い。あの日は外はもう真っ暗だった。


こうして一人で過ごす時間の中で、あらゆる思い出が頭を駆け巡る。夕暮れカフェの魔法にかかってしまったみたいだ。心はとても落ち着いていて、静かな音楽がとても心地よい。

あれから2年。もう2年も経ったんだな。
店を出るときに振り返ると、昔の僕の面影が一瞬見えた。

「あれから僕は大人になることができたかな」

そう思って歩いていると遠くのほうで声がした。

「ゆうき!」


振り返るとそこには小さな子どもと見知らぬ女性、どうやら僕と同じ名前の子どもがいるようだ。ゆうきなんていう名前は珍しくもなんともない。子どもはお母さんに手を引かれて夕闇の街へ消えていった。

2.忘年会

2005年11月25日11:35

とりあえず7時に寝て10時半に起きた。
昨日は何があったかといいますと。バイト先の忘年会がありまして、酒を飲んで、変なショーをやって、途中から会をばっくれて数人で六本木に飲みに行って、うまいカキを食ったり、うまいワインを飲んだり、なんかしらないけどキャバクラまでいっちゃったり、そんで今起きたらメガネがないんですよ。

とまぁ典型的な酔っ払いで、朝彼女に電話して、キャバクラ楽しかった~なんていうクソみたいな事を発言したら。

「むかつくから連絡しない」


なんていう悲劇的なメールが送られてきたりしてまして、なんていうかまぁとりあえず「ごめんなさい」としか僕は言えなかったわけなんですが、はい。

とりあえずメガネを探さないと何にも見えないから、パソコンの液晶すらまともに見えないから。キーボードもほとんど見えない。
これぞブラインドタッチ!
なんていうバカなことを言ってないで、とりあえず俺のメガネどこだ。いまさらキャバクラに忘れてきたなんて気まずいことがありませんよーに。

3.妹

2005年11月18日00:21

僕には二人妹がいまして、先日上のほうが20歳になりやがったんです。早いものです、アイツがもう20歳なんて信じられません。
妹は俺よりも大変な人生を歩んできたのだと思う。
中学生のときにちょっとばかし勉強が出来なかった。頭が悪いというのではなく単にしなかっただけであろう。
とりあえず高校には行きたいという本人の希望で学区内でも最低ランクを誇る工業高校に進学した。

それからが悲惨だった。

兄の俺は学区内でも上のほうのランクの高校で、同年代のいとこは中学受験で勉強のオニ。そんな家庭環境な訳だから、当然偏差値の低い高校に進学した妹の扱いはひどいものだった。

妹は勉強などは一分もしないで毎日友達と遊んでいた。
万引きが見つかって警察に補導されたなんてしょっちゅうだった。
親は当然怒る、俺もとんでもない妹を持ったもんだと、当時は情けなささえ覚えた。

そんな妹は成績不良で高校を1年で退学。

それからが大変だった。

16歳にして水商売に足を踏み入れた。

詳しくは書かないが、悪いことは一通りやったといっていた。

でもね、そんなのでも僕の妹なんです。

勉強が出来ないのはしょうがない。
俺はたまたま運良く勉強が出来ただけだよ。
家に居場所がなかったから夜遅くまで遊びに行っていたのも今だからわかる。
もう少し家族の接し方が違っていたら、お前も普通の人生を歩むことが出来たのかもな。

20歳のハッピーバースディ。

こんな兄で申し訳なかったと思う。


いつの間にか大人になって、今年は成人式を迎える。

そのときはお祝いの一つと、ささやかな言葉の一つでも贈ってやろうと思う。

おめでとう。

ちなみに1番下はまだ中学1年生。
これがモデルばりにかわいいんですよ。変な芸能人よりもかわいいんです。もう溺愛ロジック。

最近マジメな文章ばっかだから、明日はふざけよう。


4.思春期

2005年12月05日23:59

今日は昼間空を見上げると、吸い込まれんばかりの青い空が広がっていました。夏とは違って空気は乾燥していて、街の匂いがぐっと映える、そんな昼間でしたね。そんなロマンティックでブルージィな文句と共に今日の日記でも書こうと思います。

今日は家庭教師の日でした。こんな変態クソ野朗が家庭教師なんてやってるのは犯罪ではないかという批判は受け付けません。そんなこんなではるか遠い海老名の地までせっせと赴いたわけであります。海老名の駅から徒歩で20分くらいの場所にその生徒宅がありまして、途中であまりにも寒すぎたためセブンで肉まん・ピザまんを買って「二つでおっぱい」なんていうくだらないことはしないで、素直に温もりを味わいながら歩いていました。

生徒宅に着くなり、なにか険悪なムード・・・。生徒は高2と中3の男二人で、家庭教師と生徒のムフフな関係といったエロゲー的な要素は何もないんですが、その二人とも目を腫らして泣いているんですよ。
こりゃただことではねぇ。
そう感じた僕はお母さんに事情を聞きました。

なんていうかその、思春期特有の理不尽な理由によるケンカが原因らしいです。「アイツがケンカふっかけてくるからよぉーー!!」「まじうぜーー、死ね!」
みたいな罵詈雑言が飛び交っているわけです。弟はリビングで大暴れ、兄貴は泣きながらPSPやってるwまぁそんな異常な風景を目の前にして長々とお母さんの説教がはじまりました。


なんていうかその、最近の子どもたちは親の有り難味をわかっていないんです。そのくせ一人では何も出来ないくせに「出てく!!」「うぜーよ!!」みたいなこと平気でののしる。お母さんは泣き出すわ、生徒は不機嫌だわで僕の居場所がだんだんと’撤収’という方向に向きかけてたんですが、そこはベテラン家庭教師の腕の見せ所です。そこの家庭とはかれこれ3年間くらいお付き合いがあるので、生徒たちも僕の事を兄のように慕ってくれております(妄想)そこでまた僕のありがたい説教がまたはじまるのです。


俺「確かに受験で辛くて、勉強もわからなくてすげー悔しくてストレスがたまっちゃうんだよな?」
生徒「・・・・」
俺「話を聞くところによるとお前の態度にも問題があったみただな、そこは自分でも認めなくちゃ」
生徒「・・・・うん」
俺「いい合いってのはさ、相手に何かむかつくこと言われても自分がまったく関係ないことだったら無視できるじゃん?でもそれに対して反感を持ってしまうというのは自分にも何か非が当てはまるということなんだよ」

この生徒(弟)は若干不登校気味で、そのことを兄貴にひどく言われたのがケンカの原因だったそうです。

俺「お前は性格的に少し大人びているところがあるが、こういうトコとはまだ幼いし生活力もないわけだから、お母さんにひどいことは言ったらいけん!」

月々俺なんかに高い月謝を払って家庭教師を呼ぶなど、お母さんは子どものために一生懸命な人なんです。


俺「大人になるってのはな、勇気を持つことなんだよ。その勇気ってのは自分の非を素直に認めて、相手に謝ることなんだよ。」

俺「友達同士でのケンカの仲なおりは簡単だよ、特に男なら3日もすれば元通りなんだよな。」

俺「一緒に住んでる身内に素直になって謝ることはすごい難しいことだと思う。だけどそれができるようになったら一人前だよ」


俺今いいこと言った。


そんなこんなで2時間が過ぎ、ようやく落ち着いてきました。兄貴は弟を殴った拍子で何か堅いものに手をぶつけ、左手の人差し指の付け根あたりがありえないほど腫れていて、死にそうに痛がってたりします。弟も首筋に爪あとなんかがあったりして壮絶な兄弟ゲンカだったんだなぁと感じました。


今日は勉強の指導はしなかったが、生徒の母親は俺に2時間分の給料を出してくれるという。俺の説教が2時間5000円なんてどっかの宗教詐欺みたいだが、俺の本気の気持ちが通じたんじゃないかということで素直にいただいておきます。

思春期の激動。
それは誰しも経験すること。だけどその激動のさなか、身近に自分の事を本気で叱ってくれる人がいるとこれから生きるうえにおいて大きな影響力を持つのではないか、そう思っての説教でした。


冬の風が町の空気を彩る。帰り道昔の自分と生徒を照らしあわせながら懐かしい気持ちになりました。


鶴川の風は今日も冷たい。だけど僕の心には少しあたたかい風が吹いていました。


5.バク転に憧れて

2005年12月02日00:07

小学生とか中学生の頃に、カッコイイ体操ワザの極意といえば「バク転」これに他ならない。テレビでジャニーズの人とかが軽々しくやってのけるあの技に小さい頃は酔いしれたものです。バク転がどうにかしてできるようにならないか、これが出来たらヒーロー確実、なんかバク転ができるだけでもてるのではないか、そんな妄想に明け暮れた日がありました。


バク転の逆バージョンには「ハンドスプリング」というワザがありまして、簡単に言えばバク転の逆に、前方に手をついて背中をつけずに立ち上がる、そんなワザもあったりします。これは少し運動神経のいい奴なら簡単にできてしまう。確かに多少の練習と痛みは必要であるが。小学生の高学年になるとみんなこれに挑戦して背中を打って死にそうになっている情景など何度も目にした。果敢な小学生はマットも何もない教室でなぜかこの技を練習するのである。あるものは逆立ち状態から一直線に背中から落ちて悶絶していたり、またあるものは見事着地しているのも関わらず勢いあまって前方の障害物に激突して死にかけていたりなどいずれも男なら経験済みではなかろうか。


しばらくするとみんなこのハンドスプリングができるようになり、今度はその連続回転数を競い合うようになるのである。一度着地したらその勢いでもう一回転、そういった具合だ。そこで又悲劇が起こるのであるが、それはもう想像通りなので省略する。


しかしやはり最終的に行き着くのはバク転の存在である。あの後に転がる恐怖感がどうしても拭い去れないのだ。前ではいけるのに後ではダメなのである。幾人もの勇者たちがこのワザに挑戦しようとしたが、さすがに頭から落ちて首でも折るなんていう最悪のケースに行き着きかねないこのバク転というワザには一同口をつぐんだものだ。

小学生の高学年あたりになると、走り高とびなるものを体育でやったりする。その際に使われるあの分厚いマット、このマットの上でならバク転の練習ができるはず、そう思い放課後に体育館に侵入してマットを引き出し、皆思い思いにバク転に挑戦した。

確かに厚いマットの上でならバク転を成功に近い形でやりとげる者も何人かいた。しかしそれが体操用のマットになるといかんせん恐怖心が勝ってしまう。

バク転ができることにはもう一つのメリットがある。僕が小学校高学年の時にはサッカーが大ブームで、キャプテン翼なるマンガもみんな読んでいた。その主人公の翼がくりだす「オーバーヘッドキック」というシュートがあるのだが、これがどんなキーパーも止められない無敵のシュートなのだ。
「バク転」と「オーバーヘッドキック」
この二つを極めたらそれはもう最強のヒーローなのだ。

かく言う僕も分厚いマットではバク転やらバク宙に成功した身だ、当時怖いもの知らずな僕は早速その練習を実践で生かそうとした。それは休み時間にサッカーで遊んでる時間のことだった。


ちょうど僕の真上にオーバーヘッドキックが出来そうなボールが飛んできたのだ。
「これはチャンスだ!」
そう感じた僕は何も考えずに空を飛び、オーバーヘッドキックを試そうとした。

しかし、蹴りは空中で空振り、僕は勢いそのままアスファルトの地面に背中を強打したのだ。

しばらく身動きが取れなかった。
受け身なんて取れるわけがない。しばらく息が出来なくて本当に死ぬかと思った。多分生まれて始めて「ぐぼはぁっ」的な言葉を言っていた気がする。まるでマンガのように。


バク転に憧れて、オーバーヘッドに憧れて、練習の末に得たのは死ぬほどの痛さだった。

いつかバク転ができるようになりたい、そんな夢もいつしか消えうせ、せっせと鶴川の坂を自転車で駆け上がるのであった。

6.冷めたココア

僕はあったかくて飲むと落ち着くココアが大好きだった。寝る前にココアを飲むと落ち着いてゆっくり寝られる。そんなココアは僕にとって精神安定剤みたいな役割だった。あのチョコレートの風味が心をくすぐる。

ただ冷めてしまったらそこには何の魅力もない、冷めたココア程人を不快にさせるものはない。
ただの甘いだけのココアは僕は嫌いだ。大嫌いだ。

あの日も僕はちょうどココアを飲もうとしていた。
「キミもココアを飲むかい?」
僕は何か思いつめた表情の彼女にそう告げた。
「・・・・」
彼女からの反応はない、とりあえず2人分のココアを用意するために僕はお湯を沸かした。

部屋の中では何か気まずい時間が流れていた。そこには言葉では言い表せない何かがそこにあった。
ただ僕は彼女を愛していた、それだけは事実だ。彼女はいつも元気で、無愛想な僕から笑顔と言う名の新しい世界を引き出してくれた。

どうやらお湯が沸いたようだ、僕はコップを取り出して二人分のココアを注いだ。そのココアを彼女に差し出した。
すると今まで重かった彼女の口がようやく開いた。
「別れましょう」
「え、どうして??」
僕は戸惑った。あまりにも突然の事で事態を把握できなかった。
「いったいどうしたんだよ?」
再度僕は聞き返した。彼女は黙ったままだ。
確かに僕は彼女にふさわしい彼氏とは言えないかもしれない。顔も良くないし、性格もどちらかと言えば内気で、あまり社交的な人間ではない。
でもそんな俺が好きだと言ってくれた。確かに言ってくれた。そんな彼女がどうして突然・・・。
「もう冷めたの」
冷たく、そしてはっきりと彼女は言い放った。
言葉の意味を理解するのに時間がかかった、僕はそこであれこれ言えるタチではない。つまり、彼女は僕の事を好きではなくなった、そういうことだろう。
続けざまに彼女はこういった。
「あなたの事が嫌いになったわけじゃないの、ただ、もう好きじゃない。」
僕の予想は当たってしまった。いつもは鈍い僕がこういうところで鋭い。その癖が嫌になる。
何も言わないでしばらく時間が過ぎ去った。
5分?10分?
わからない、でも僕からは何もいえなかった。
そして少しうつむいて、曇った表情の彼女が突然立ち上がった。
「さよなら」
そういって部屋を出て行こうとした。
不意を突かれた僕は立ち上がることさえ出来ずに一言だけ声をかけた。
「まてよ!!ココア、まだ飲んでないじゃないか。最後にそれだけ飲んでいけよ。」
彼女は立ち止まりそして振り返ってこう言った。
「私も冷めたココアは嫌いなの、そのココア、もう温かくないわよ」

そして彼女は僕の部屋を出て行った。
残ったのはテーブルの上の冷めたココアだけ。

ちょっと風呂上りにココアを飲んだらこんな物語が出来ました。
なんか切ないね。うん。まるで俺みたい。


7.マイナーな遊び

小学校の同級生のtackの紹介文を見て思い出したんだが、皆さんはこういう遊びを知っているだろうか。

その名も「ビーコロ」
多分ビー玉転がしの略であろうと思われる。

まず必要なのは適度の広さの砂場とビー玉、そして手先の器用さと想像力と駆け引き。

何人かのグループもしくは一人で砂場の一定の広さの土地を確保する。そこにまず土台となる山を作る。その山をうまいこと加工して、山のてっぺんからビー玉が転がるような道を作るのだ。

これで8割方完成だ。
そこからどうするかと言うと、道の途中に穴を作る。ちょうどビー玉一個分からもう少し広い穴を何個か作るのである。これで完成。

山のてっぺんには大きめのビー玉を置き、そこからビー玉を落として道の途中にある穴に入ればその難易度に応じてビー玉がいくつかもらえるという画期的な遊びである。しかしどこの穴にも入らず下まで行ってしまったらそのビー玉は回収されてしまうのだ。

簡単に言ってしまえば子ども用パチンコ。
人によって様々な山を作り上げるので、バリエーション豊かな遊びだった。

ただ多少のギャンブル的な要素を含んでおり、しかも子どもによって運営されているもんだからルールにも理不尽なものが多々あった。

その代表的なものが
「キャンペーン穴」

ドキドキを抑えながら一つのビー玉を運に任せて放つ。そしてギリギリのところでビー玉が穴に入る。そこで誰もが「よっしゃぁ!」と叫ぶ。しかしそれはぬか喜び。その穴はキャンペーン穴なのである。

キャンペーン穴というのは回収されたも同然なのだが、別の場所にあるキャンペーン放出穴(正式名称は忘れた)に玉が入ると、今までそのキャンペーン穴に吸い込まれた数々のビー玉をすべて頂戴できるという犠牲の穴なのである。

だから良く
「やッたー!ここは何個!??」
みたいに聞くと
「残念、ここはキャンペーンだ」
なんていう事態が起こるのだ。

中にはひどい輩もいて、なんだかほとんど全部キャンペーンみたいな、むしろこっちが低学年だからビー玉をすべてせしめてやろうみたいなアネハモトイッキュウケンチクシもびっくりな腹黒さを持つ人もいたり、トラブルを起こすなんてしょっちゅうだった。

そんな心踊る遊びである「ビーコロ」
皆さんは知っているだろうか?
数々の伝説を生み出し、そして消えていった。

今ではもうあの砂場でビーコロは開催されてないんだろうなぁ。


8.家族

誕生日という1年で唯一周りから「ちやほやされる特権」を得れる日も瞬間的に終わってしまい、また普通に「はしゃいじゃってまぁぁぁぁぁ」なんて言われる日になってしまいました。あの特権を味わえるのはまた来年。

誕生日って言っても特に何するものぞ。
パートで収入のほとんどないお母さんに
「これ社会人になったら必要でしょ」

「ホントは何本か買ってあげようと思ったんだけど、給料日前でね・・・」

なんて涙抜きには語れない一言と共にネクタイ貰って

一番下の妹(中1)に小遣いをはたいて買ったという4色ボールペンを貰ったりで、心から泣きそうになったんですが、さらに追い討ちをかけるかのようにちょっと高級なケーキまで用意してもらって、もうね

家族大好き。


ってホンキで感じた。涙ってこういうときに流すもんだ。
なんていう普段はしょっぱい涙も甘くなる何ていうくさいセリフも吐けるくらい感動した。

ちなみに同居している親父は、俺が母のぬくもりに心温まりながら家に帰ると、相変わらず酒を飲んで新聞を開き、経済面でも見てると思いきや次の日の競馬の予想なんてしてる始末なんですが、親父は親父で俺を養ってくれてるからそれだけでも感謝感激。いや感激まではいかない。


9.ウィルコムの悲劇

「おめーだれだ?」

女の子ってすごいメールの装飾に凝ったりすると思うんですよ、最近ではドコモだとデコメールとかもあって、絵文字とかを駆使しながらいかにメールをかわいく作れるかを試行錯誤してると思うんですね。男にしてみても、別に顔がかわいくなくても送られてくるメールがカワイイ感じだったら、それだけでドキッとするもんなんです。ここテストにでますよ。

僕も彼女がいると言っても多少の女友達とはちょこっと事務的なメールもしたりするじゃないですか、そういう時に大した内容の事聞いてないのに結構カワイイ感じでメールが帰ってくると、野武士のような僕の文体のメールが何か凄いやるせないんですね。例えて言うなら誕生日プレゼントにすっごい安いやつあげたのに、何か申し訳なるくらい高級なものが返ってきたみたいな。そんな気持ちにさせられると同時に、女の子のメールに対する執念みたいなものを感じるんです。

だから女の子にとっては「メールをかわいく打てること」これが重要なステータスなんじゃないかと思ってしまうほどです。

ちなみに話は180度変わりますが、ウィルコムっていう携帯電話があるじゃないですか、ウィルコム同士なら通話料が月々定額で、カップルに人気で、僕も若気の至りで去年付き合ってた彼女にわざわざ機種まで買ってあげて渡したんですけど、確かに長時間通話しても月々定額でずいぶんお得だったんですよ。

その彼女には元旦に勝手に男作られて僕は無残に振られたわけで、例えていうならサイバイマンに自爆されたヤムチャくらい無残だったと思うんですけど、その女から別れる時にウィルコムの機種を徴収し忘れたんですね。

契約自体は高い違約金払って振られた直後に解約したんですけど、機種があれば又新しく事務手数料さえ払えば新規契約できるってことだったんですよ。

話は一昨日の事なんですが、まぁそれで今の彼女さんと「やっぱウィルコムっていいよねー」なんていう事を話していて、別にのろけてるわけじゃないんですけど、ウィルコムの機種を元カノから返してもらおうって事になったんですね。機種は僕が買ったものですし、向こうにはもう必要のないもののはずなんで、まぁ言葉は悪いですが使いまわしっちゃ変ですけど、新たに金出して買うよりは楽かなと思ったんですよ。

それで元カノに電話するのもめんどくさいんで、僕はウィルコムの機種を返してもらおうと以下のようなメールを送ったんですよ。

「あのさぁ、やはりウィルコム本体を返してもらえるとひじょーに助かるんだが、まだ持ってるか?」

このように謙虚さがにじみ出てる文体で、恥を忍んでお願い申し上げたわけなんですね。で、しばらく帰ってこなかったんで、さぁてそろそろ寝るか、みたいな雰囲気になってきて、布団に入って夢の世界に召される直前に

こなぁぁぁぁぁゆきぃぃぃぃーーーねぇ

っていう僕のメール着信音が鳴り響きまして、これは何事かと思いメールを開いてみますと


「おめーだれだ?」

なんていうかわい気のかけらもない文体で、明らかに脳みそまで筋肉だろうって男が打ったようなメールが帰ってきたんですよ。

元カノは一応僕の番号もアドレスも知ってるはずですから、こんな内容のメールが返ってくるはずはないんで、もしかしたら若年性アルツハイマーにでも罹ってしまったのかと一瞬心配したんですけど、そんな事はありえないので

「ん?どうした??」

って僕が送り返したわけですよ。ここまでの言動で僕に非はないと思うんですよ。謙虚で素直な好青年じゃないですか。


そしたらですよ


「どーしたじゃねーよ!だれだよ」


と、これまた俺以上に野武士っぷりを発揮したようなメールが返ってきましてね、さすがに僕も脳みそが筋肉みたいなバカじゃないんで、状況を理解したんですけど、要はそいつの彼氏がしゃしゃって出てきたという事だと思うんですね。見苦しいことこの上ない。

まぁそこまで言われちゃ僕もどうしようもないので、とりあえず「ウィルコム返してくれって言っておいて」ってな内容のメールを送ったら

「いっとく④ヾ(・ω・`)ノ♪他になんかいっときたい事ある!?」

と、突然フレンドリーな文体になりまして、何がなんだかわからなくなり、そのせいで結局その日は4時半まで眠れなくなるという悲劇が起こったんですけど、ウィルコムの事はうやむやにされちゃったんですよ。

それで昨日、しょうがないから電話して問い詰めてやろうと思って電話したら、返すのメンドクセーとか、もう捨てちゃったーとかバカ丸出しの発言を繰り返して、さすがの僕もへそで湯が沸かせるくらい怒りゲージメーターがマックスに達し、電話を一方的に切ったんですよ。
そしたらまた

「そっちから電話してきたのに切ってんじゃねーよボケチビ!びびってんのかよ」

なんていう落ち武者みたいなメールが着まして、もうここまで来るとコントじゃないですか、そのときちょうど友達と一緒にいて、何か面白いことしようぜっていう悪巧みを考えまして、結局

「別にびびりはしませんけど。まぁプロテインでも飲んで寝てくださいよ」

っていう非常にムカつくクソヤロウみたいなメールを送信してやりました。


まぁ結局ウィルコムの本体は返してもらえないことになってしまったんですけど、女の子からこんな風に夜中に突然「おめーだれだ?」とまったくかわいくないメールが来たら確実に脳みそが筋肉の男がからんでいる。そう思っていただいて結構なんじゃないかと思います。

10.明日は

入社式&エイプリルフール。

「君たちの内定は嘘でした」

なんていうブラックジョークを聞かされるんだろうか。ま、んなことはないだろう。世の中そんなに馬鹿げてない。

なんていうか社会人ですって、この僕が社会人ですよ。時が経つのは早いものだ。ついこの間まで中学生だったのにね。

いつのまにかに大学も卒業しちゃってるし。

明日起きたら天使が降りてきて

『・・・なんていう夢だったのさ』

そういい残して、起きたらまだ小学生だったなんていう出来事でも起こらないかしら。

いや、夢ならとことん付き合ってやろうじゃないか。その天使は死ぬ時降りてくりゃいいよ。死ぬまで人生って言う名の夢でも見てやろうじゃない。なんかくさい事言ってますけど。


とりあえず風呂入ってちょいと酒でも飲んで寝ます。
おやすみ昨日までの腐った自分。

おはよう社会人の俺。


とまぁ腐ったような文章ばかりですが、過去の自分と向き合うのも1つの内省。本質的には変わってないなと思えるところが僕らしい。

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