『君の名は。』は震災以降に「会うこと」とは何かを巡る物語

 2016年に劇場公開された新海誠監督作品『君の名は。』は震災以降に「会うこと」とは何かを巡る物語だ。
 物語の主人公は2人の少年と少女である。東京に暮らす少年、瀧と田舎の糸守町で暮らす少女、三葉だ。ある朝、二人の精神(あるいは魂)の入れ替わりが起こるところから物語は始まる。二人は戸惑いながらも入れ替わった中で日々を過ごしていく中で惹かれていく。しかし、ある日を境に入れ替わりは止まり、瀧は三葉を探して飛騨の山奥の糸守町にたどり着くが、糸守町は3年前に数千年に一度の彗星が落ちた日に失われた町だった。そこで瀧は三葉と3年ずれて入れ替わっていたことを知り、三葉は彗星が落ちたことによって亡くなった町民500人以上の中の1人だったという現実を突きつけられる。そこで瀧はもう一度、三葉と入れ替わり彗星の墜落の被害から人々を救おうと奮闘し、入れ替わりの果に三葉と出合いお互いにの協力により彗星の墜落の被害から糸守町の人々を守ることに成功する。そして、瀧の時間軸から5年後、瀧と三葉は東京で再開し、お互いを見つけ合う。
 ストーリーの流れは以上だ。映画で描かれる彗星の被害にあった糸守町の風景は東日本大震災の被災地を思わせ、彗星の落ちたあとの町が破壊される様子も地震や津波で破壊された被災地を想起させる。
 なぜ、新海誠は震災の風景を描いたのか。それは『君の名は。』震災以降の2014年から構想が始まっていると、『君の名は。』Blu-rayスペシャル・エディションの特典映像のメイキングインタビューの中で新海誠は答えている。それは3年前に発生した2011年3月11日の東日本大震災後の影響を受けていると考える。先程も述べたが、自然の驚異である彗星が落ちることは地震や津波の比喩であると考える。そして糸守町で亡くなった人々は被災されて亡くなった人々だ。
 ここで安易に尊い人間の死(数ではない)や今をなお被災されて苦しんでいる方々がいらっしゃる中で作品と結びつけて批評していいか悩んだが、『君の名は。』を語る上で必要なのでどうか許して欲しい。
 ここで「会うこと」について考えてみよう。新海誠は劇場デビュー作『ほしのこえ』、第2作品となる『雲のむこう、約束の場所』、第3作品『秒速5センチメートル』、第4作品『星を追う子ども』と、全ての作品を通して男女のすれ違いを描いている。
それは場所であったり、距離であったり、時間であったりと様々だが自分から会いに行かない、あるいは会えないというループを繰り返し描いてきた。
そう新海誠は「会えない」という作品を作ってきたアニメ作家である。
しかし第5作品『言の葉の庭』では最後の主人公のモノローグで「会いに行こう」という。ここで自分から会いに行こうとしている。新海誠にどのような心境の変化があったかは分からないが、登場人物が本当は、自分は何をしたいのかという主体性を持たせようとしている印象がある。
 そして2016年公開の『君の名は。』では主人公の瀧と三葉がお互いに会おうとしている。
 これは東日本大震災以降を生きる私たちに響くのは何故だろう。
 東日本大震災では尊い2万人もの死者、行方不明者の方々がいる。もうその人達には会えない。だからこそ新海誠はフィクションである物語だからこそ、「会いたい人に会わせた」のだ。現実では叶わない願いをフィクションである物語で実現させたのだ。それは作品を作る作家の公共性であると私は考える。
 そして、彗星が落ちることが分かっていれば助けられた命も東日本大震災で「あの日、地震が来るのが分かっていれば」、「あの日、津波が来ると分かっていれば」、「あの日、原発を止めていれば」という儚いながらも多くの人が思った願いだ。それをフィクションとしての物語として描いたのだ。
そして新海誠が過去の作品で「会えない」という登場人物たちから、瀧の台詞で「言おうと思ったんだ、お前がどこの世界にいても、俺が必ずもう一度会いに行くって」そう瀧は会いたいのだ三葉に。そして三葉の台詞で「でも、確かなことがある。私たちは絶対、会えばすぐに分かる」
この瀧と三葉の台詞で分かるように強くお互いが会おうとしている。
そして『君の名は。』のラストシーンの階段で大学生になった瀧と大人になった三葉がすれ違い、瀧が「俺、君をどこかで」それに応答する三葉は「私も」と言う。最後にお互いの言葉が重なりあって「君の名前は」で作品は終わる。
 そう、新海誠は『君の名は。』でようやく会えたのだ、会いたかった人にそして過去作の「会えない」ループからも脱出したのだ。
 それは「会えない」という受動的な思春期から「会いに行く」という能動的な成熟も描いている。
 そう、『君の名は。』という作品は東日本大震災後の地震と津波と原発事故という巨大な暴力に立ち向かうのは「自分から会いたい人に会いに行く」という能動的な行動であり、自らが運命を変えていくという力を与えてくれる作品だ。

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