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過去、現在、未来は同時に照らし出される

第29週 10月20日〜10月26日 の記憶。 それを探る試みです。 
一年間のルドルフ・シュタイナー超訳に挑戦中です。

今週は、「過去、現在、未来を同時に観察してみましょう。」
についてです。

体験によって思考される
時間軸を超えたものとは?

では、今週もいってみましょう!

C‘. NEUNUNDZWANZIGSTE WOCHE (20. OCT. – 26. OCT. [1912])

29.
Sich selbst des Denkens Leuchten
Im Innern kraftvoll zu entfachen
Erlebtes sinnvoll deutend
Aus Weltengeistes Kräftequell
Ist mir nun Sommererbe
Ist Herbstesruhe und auch Winterhoffnung.

Anthroposophischer Seelenkalender, Rudolf Steiners,1912


  思考の輝きが
  体験に意味づけされ
  心の奥で照らし出されてゆく

  大いなるものの諸力は
  夏の賜物。
  秋の平静、冬の待望にある


「思考の輝き」が登場してきました。

思考とは、考えや思いを巡らせることであり、自分の中で答えを導きだそうとする心の動きをとらえることである。

よく「正論は正しいが、正論を振りかざす奴は、正しくない」などと言いますよね。私も嫌いではないので、Youtubeなどで幸せマニュアル系のものをよく見てしまうのです。たとえば、「ありがとうと言い続けてみよう!」とか、「ネガティブなことは言わない!」とか…。

絶対的に正しいのです。
古代ギリシャの頃からずっと言われ続けていることなのです。

私は、ストア哲学の本を読んでこれらのことを学びました。紀元前から語り継がれる話と、現代のYoutuberさんの話はおよそ共通していて、人の悩みの解消は何千年単位で達成されていない!
だから正しくないと判断しがちですが、正しくないのは自分の方で

言うは易し行うは難し」確実に実践し、習慣化するのが難しいことが人生には転がっていますよね…。

でも、真面目な話。数年単位でポジティブシンキングを実践していると、なんか自分自身が少しばかり変ってきているような感じがします。
まぁ、脳科学や、歳のせいかもしれませんが…。

でも、実行、実践、行動、とにかくやってみる!体験によって
意味をえることができるのです。

制作の場面でもよくこの罠に陥りがちです。「いつまでも考えていないで、手を動かしてつくってみろ!」と言われるわけです。自分ができる範囲で無理にでも、そう仕向けていると、自分の表現を発見しやすくなるんです。

そのような、体験をいかした体験によって成長してゆくことに間違えは無いのでしょう。

今週はそのようなメッセージのような感じがします。

次に、「体験したことは、大いなるものの諸力の源から意味付けられる」と言われています。少し、難しい解釈が必要になってきます。体験をいかした体験は未来を含んで同時に諸元の源として存在しているという事実です。

夏、秋、冬という時間の流れ。時間は過去から未来への流れとして私たちは認識しています。しかし、シュタイナー思想の中では、時間そのものが空間に持続的に存在している。過去から未来へ流れているものではなく、過去・現在・未来が同時にそこにある。過去から未来にいたるあらゆる瞬間は,等しく実在している。といったような。現代の量子力学的なとらえ方をすでにしていたと言われています。

一週間単位である暦の中で、夏、秋、冬の関係性がざっくり描かれているのはそのような理由があるのではないかと推測できるのです。

夏という過去、そして今は秋、そして冬という未来。という一見、流れにそった「うつろい」と理解しようとしてしまいますが、

「うつろい」を、今という現在地と過去と未来とが同時にあることと理解したらどうなるのでしょうか?

おそらく、自然や宇宙といった領域での思考を少しでも感じる訓練をしなければならないのでしょう。「量子力学的に時間は無い」と言いきれる時代なのです。もし私が感じている時間は脳の錯覚なのである。と毎日マインドフルネスしてみたらどうなるのでしょう?

今。正論は正しいが、正論を振りかざし正しくないヤツになりかけているかもしれません…。何かを実践的なおこなう中で感覚的につかんでゆきたい事柄ですね。

そしてもうひとつ、夏に与えられた賜物が冬には待望に変容するということ物質界と精神界、実体二元論的な捉え方への導きが潜んでいます。

この世界にはモノとココロという本質的に異なる独立した二つの実体があります。ここで言われる実体とは他の何にもよらずそれだけで独立して存在ししているもので、人間にもモノが無くともココロがある状態がある。つまり死はない。とする考え方を表しているのです。プラトンやデカルトなどともつながりがあるのでしょうか?

また、感覚によって把握できる世界と感覚によって限定されたものを超える、超感覚的世界、高次の世界が存在することを自明のこととして科学的な方向で展開されてきたシュタイナー思想を学んでゆくと、

同時に物質界と精神界が対局的に反転して実在しているようなイメージを持つべきなのか?など、秋から冬にかけて、見えない世界、感覚を超えた領域にもしっかりとした実体を捉えてゆきましょう!というのが「思考の輝き」のポイントになってくるような気がいたします。



2023年10月 十月桜


すこしばかり難しい話になってしまいましたが、
「思考の輝きを、春、夏、秋、冬という大きな時空の中で、季節を体験として、つかみ取ってくださいね。」といういたってシンプルなメッセージを感じることが大切なのですね。

秋なのに、花見の頃に賑わう桜並木の中で、一本だけ桜が咲いていました。

十月桜と言うようです。全体の3分の1が10月頃から11月にかけて咲き、残りの3分の2は春に咲くそうです。そんな桜を観ながら、過去、現在、未来が同時に存在するということを思考体験してみるのはいかがでしょうか?

観察することも立派な体験です。問いに対して何か客観的な解答がえられなくても、考えてみることで、何か不思議な感覚に見舞われることに価値があるのではないでしょうか?わかることが目的でなくても良いのです。



公園に行って「時空」を味わってみる
時間とモノとココロの空間と意味を同時に互換したものとして
観察してみるのです。



シュタイナーさん
ありがとう

では、また


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