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「探究型キャリアステージ」という提案。大人のアイデンティティ・クライシスを乗り越える、これからのキャリアモデル

"10年後のキャリア目標"なんてものを立てるのが無理ゲーすぎる現代において、長期目標を立てることを諦めて、現在の関心に基づいて「探究テーマ」を設定することの重要性を最近は繰り返し説いています。

仮でもいいから探究テーマを言語化してみて、それを磨いていくことで、結果として豊かなキャリアが形成される。私自身もそんな風にキャリアを形成してきました。

ところが、人生100年時代。長い人生において、自分の好奇心を枯渇させずに、いつまでも探究を継続することは決して簡単なことではありません。

特に、しがらみがなく役割がシンプルだった若いころは仕事に熱中しながら探究に没頭できていても、40歳前後の中年期に訪れるアイデンティティの危機は、自分らしく好奇心を活かす人生の大きなハードルになります。

課題は中年期だけではありません。若い頃は若い頃で、探究テーマの設定の仕方がうまくいかないと、いつまでも自信が持ちきれないまま、好奇心と専門性がうまくつながらずに、悩み込んでしまうということもあります。

そこで今回は、好奇心を活かした探究的なキャリアをデザインしていく上で、探究を継続するためのポイントをまとめます。

具体的には、キャリアのステージごとの特性を踏まえて、それぞれのフェーズで取るべき探究スタイルのモデル──人生の探究フェーズを「①パーソナリティ形成期」「②ケイパビリティ探究期」「③アイデンティティ探究期」「④社会的ミッション探究期」の4段階に分け、「探究型キャリアステージ」というモデルを作成してみました。

本記事ではこのモデルをもとに、キャリアステージごとの「探究」のポイントについて解説していきたいと思います。


4段階から構成される「探究型キャリアステージ」

上記が、人間のキャリアステージごとの特性をおおざっぱに捉えて、今回作成した探究型キャリアステージです。このモデルは、人生の探究フェーズを、「パーソナリティ形成期」「ケイパビリティ探究期」「アイデンティティ探究期」「社会的ミッション探究期」の4段階に分けて捉えることで、それぞれのキャリアステージにおける探究をより良いかたちで進めていくことができるのではないか、という仮説に基づいています。

(1)パーソナリティ形成期:探究の土台となる個性を形成する

まず、1つ目の「パーソナリティ形成期」とは、その後の探究の基礎となるような個性を形成する時期です。

この時期も「自分とは何者なのだろう」と悩んだりするので、ある意味では「探究期」でもあるのですが、パーソナリティの土台をつくるという意味であえて「形成期」という言葉を使いました。

ライフステージとしては幼少期から10代の思春期くらいまでの期間に相当し、さまざまな経験や周囲の人たちとのコミュニケーションを通じて、自分の個性や資質を自覚していく時期です。

たとえば私の場合、10代の頃はバスケットボールに没頭していました。試合に出始めた頃はフォワードとして、とにかく自分が上手くなること、自分で点数を取ることしか考えていませんでした。しかし、高校2年生のときに左膝の半月板損傷のケガによって選手から退かざるを得なくなり、マネージャーに転向。選手としてプレイしたいもどかしさはあったものの、外からチームを支える立場になってみると、自分の支援によってメンバーのプレイがよくなったり、勝利につながったりすることに、思いのほか喜びを感じることができました。また、その後は監督のアドバイスもあって、3ポイントシューターとして復帰して、考え方を変えれば自分のポテンシャルを活かし直すことができる、そんな成功体験を得ることもできました。

このときの経験があったからこそ、ワークショップのファシリテーションやマネジメントなど、「俯瞰的な立場からコミュニティに貢献する」というパフォーマンスの発揮方法があることを知ることができ、その後の自分の探究につながっていきました。また、私の根底にある「ポテンシャルを活かす」というこだわりの原体験にもなっています。

このように、パーソナリティ形成期の経験は、自分の個性や資質に対する洞察をもたらしてくれます。一方でパーソナリティ形成期には、他者に否定をされたり、失恋をしたり、部活や勉強でうまくいかなかったりなど、挫折を感じるような経験も多くあります。

こうした挫折した経験は、無意識的なコンプレックスとして自分の中に根付き、さまざまな抑圧と好奇心が入り混じった個性が形成されていく──そんな期間がパーソナリティ形成期というわけです。

こうした探究を方向づけるパーソナリティの特性は、時間をかけて気づき、言語化されていくものです。場合によっては、30代や40代になって、さまざまな人生経験を経てから過去を振り返ることで、意味づけが再解釈されることもあります。いずれにせよ、探究のルーツとしての経験を蓄積する。それがこのステージです。

(2)ケイパビリティ探究期:個性と性格を活かして自分の強みを打ち立てる

2つ目の「ケイパビリティ探究期」とは、個性を活かして自分の得意技を確立するための探究を行う時期です。

パーソナリティ形成期に培った個性はそれ自体に存在価値があり尊いものですが、それをうまく活かして誰かにとっての価値につながる得意技や専門性(ケイパビリティ)として磨きあげること。そして、その技そのものの面白さや奥深さ、自分自身との結びつきに好奇心を向けて、それ自体を探究テーマにすること。これが、ケイパビリティ探究期です。

専門性が定まらないうちは、「自分が磨くべきケイパビリティとは何なのだろう」という問い自体が、ケイパビリティ探究のテーマになるでしょう。

キャリアステージのモデル図では、ケイパビリティ探究期の年齢を「20代-30代」としていますが、これはあくまで目安です。一般的に"若手"と呼ばれて、体力があるうちに自分らしい得意技を獲得しておくとその後の中年期の探究がスムーズに進められることからこの年代を目安にしていますが、40代・50代になったらケイパビリティ探究期が自動的に終わるとか、終えなければいけないという意味ではありません。何歳であっても、自身の性格や個性に向き合い、ケイパビリティを磨くことには価値があります。

また、若いうちはケイパビリティ以外のこと、たとえば自分のアイデンティティとか、社会的なミッションについて考えなくていいということでもありません。ただし、自分の武器と呼べる技がないまま、たとえば「環境問題」などの壮大な社会課題に目を向けすぎても、かえって30歳前後で行き詰まってしまうケースも少なくありません。長い人生、探究を楽しみ続ける意味では、20代から30代の時期はケイパビリティにスコープを当てて探究し、自分の強みを早めに確立するのがおすすめという意味で、このように表記しました。

ケイパビリティ探究期の探究のポイントは、修行やトレーニングだと割り切らずに、技そのものに好奇心を向けて、きちんと「探究テーマ(問い)」を設定することです。

自分の専門性を磨こうと考えたとき、一生懸命本を読んだり、研修を受けようと考える人は多いのではないでしょうか。たしかにそうした勉強やトレーニングは、探究の土台としてある程度必要なことではあります。しかし、どれだけ勉強やトレーニングを繰り返したとしても、問いがなければ探究は前に進まず、いずれどこかで成長が頭打ちになります。毎日箸を使っていても、それ以上箸の持ち方が上手くならないのと同じです。

探究とは、対象を通じて自分と世界を観察し、自分と世界のよりよいつながり方を模索する営みのこと。「自分らしい営業とは何か」「他の人にはない営業パーソンとしての自分の強みとは」「そもそも営業とは何か」「よい営業とは何か」といった問いや仮説を立て、自己と世界の本質に迫っていくことで、自分らしさや自分ならではの強みを発見することができるのです。

寿司職人の例。問いなき反復は、退屈なトレーニングにしかならない。

そして、探究テーマが自身の好奇心に基づいたものであればあるほど、探究のプロセスは楽しいものになり、「しんどい」「つらい」という感情を持ちながら修行のように強みを磨いている人よりも大きな成果を得ることができるのです。

探究テーマの立て方については、こちらの記事で詳しく解説しているので、参照してください。

考察:何をもって「強みが確立された」と言えるのか?「5つの条件」から考える

その後の「アイデンティティ探究期」や「社会的ミッション探究期」にスムーズに移行するためにも、「ケイパビリティ探究期」に焦らず自分の強みを磨ききることは非常に重要だと考えています。また、VUCAと言われる現代において、1つのケイパビリティを身に着けて終わりということなく、複数のケイパビリティを連続的に、あるいは並行的に育てながら獲得していくことが重要であると言われています。

しかし、どういう状態になれば「強みを磨ききった」「強みが確立された」と言えるのか。この判断はなかなか難しいですよね。実際、「1つの強みを確立しきれないまま、他のテーマにピボットしてしまう」「いろいろやってきたけれど、結局何が自分の強みなのかわからない」と感じている人も多いのではないでしょうか。

いろんなことに関心を持ってつまみ食いをすること自体はいいことだと思っています。しかし、複数の具体領域に手を拡げながらも、「その根底にある自分の得意技とは何なのか」を抽象化して自己解釈することができないと、「結局自分は何者でもない」「何も得意じゃない」という感覚から抜け出せなくなります。

そこで、私の考える強みの確立条件を5つ紹介しておきたいと思います。

  • 条件①芸風や持論を語れるかどうか

  • 条件②代表的な実績があるかどうか

  • 条件③知識が「自動化」しているかどうか

  • 条件④領域における第一想起を獲得できているかどうか

  • 条件⑤虚勢を張らなくなっているかどうか

以下、条件①〜⑤をひとつずつ解説します。

✍️ 条件①芸風や持論を語れるかどうか

営業、プレゼンテーション、デザイン……どんなケイパビリティであっても、同じようなケイパビリティを持つ人はこの世にごまんといます。私の場合であれば、ファシリテーションが最初に獲得したケイパビリティでしたが、ワークショップのファシリテーションをしている人は世の中にたくさんいます。
その中で、自分の芸風やスタンス、自分らしさとは何なのかを語れるようになることは、強みを確立していくうえで非常に重要な視点だと考えています。私の場合は、多様なワークショップに触れる中で、「遊び心があって、日常を楽しく揺さぶるワークショップ」という芸風が徐々に確立されていきました。 また、専門領域における自分らしさを追求していくと、本には書いていない自分だけの持論が形成されていくと思います。そうして生まれた暗黙知を形式知として言語化したり、他者に伝えられるようになれば、「強みが確立している」と言えるのではないかと思います。

✍️ 条件②代表的な実績があるかどうか

自分のケイパビリティが発揮された仕事の実績や作品をつくる、ということです。
これは、1人でつくりだしたものである必要はなく、チームや仲間と一緒につくりあげた実績でも構いません。「自分のこのようなケイパビリティが活かされて、このようにプロジェクトに貢献できた」と誇らしく語れるエピソードがあることが重要です。
私の場合には、28歳のときに共著で『ワークショップデザイン論』という本を執筆したことが、「ワークショップデザイン」という自分の強みを自覚するうえでの大きなマイルストーンになりました。

✍️ 条件③知識が「自動化」しているかどうか

これは少しわかりづらいので、順を追って説明したいと思います。
ケイパビリティを確立するうえで、知識をたくさん持っていることは重要です。しかし、AIなどの技術がこれだけ発達している現代において、知識は持っているだけでは強みにはなりません
では、知識が役に立たないのかというとそうではありません。特定の領域の知識や専門知をインプットし続けていると、その知識が自分の行動やものごとの見方(=レンズ)に染みついてきます。こうした状態になることが重要です。
たとえば私の場合、大学院生のときに学習論に関する知識を大量にインプットした結果、漫画を読んでいるときやドラマを観ているときに、「これは行動主義的な学習観だな」とか「この漫画は社会構成主義的だなあ」などと自然に思ってしまう瞬間があります。
このように、日常の何気ない瞬間のふるまいにまで知識が浸透したとき、言い換えれば、知識が探究のレンズとして定着したとき、その知識はあなたの強みとして機能してくれます。

✍️ 条件④領域における第一想起を獲得できているかどうか

「第一想起」とは、「〇〇と言えばこれ/この人」と一番最初に思い浮かべる対象のことです。
といっても、あなたがある領域で日本一にならなければならないということではありません。たとえば、会社に複数のデザイナーがいた場合に、「ロゴデザインなら〇〇さん」「UXデザインなら△△さん」という具合に、ある組織やコミュニティにおいて、「このケイパビリティと言えばこの人」という認知が獲得できているような状態になれば、一定の強みが確立できていると言えるのではないかと思います。
もちろん、より大きなコミュニティ/より抽象度の高いケイパビリティで第一想起が獲得できるようになれば、その分だけ強みが確立していると言えます。

✍️ 条件⑤虚勢を張らなくなっているかどうか

これはやや精神的な条件で、言い換えると、自分を大きく見せようとしなくなったり、歪んだ嫉妬をしなくなったりする、といったイメージです。
初心者のうちはあまりないことだと思うのですが、ある領域でしばらく強みを磨き続けていると、プライドが発生して自己防御的に虚勢を張ってしまったり、謙虚に人に教えを乞えなくなったり、他者に過度に嫉妬してしまう、といっことも起きてくると思います。
一方、強みが確立され、自分に確固たる自信が持てている状態というのは、そうしたネガティブな感情から解放されている状態です。したがって、ネガティブな感情の有無は、強みが確立されているかどうかの1つの判断ポイントになるでしょう。

これら5つの条件は、すべてを満たさなければならないというものではありません。2~3個の条件をクリアしていれば、十分強みが確立されていると言えるでしょう。逆に、1つも条件を満たしていない場合には、いましばらくケイパビリティ探究を続け、しっかり強みを確立しきってから次のケイパビリティ探究やアイデンティティ探究にシフトした方がよいのではないかと感じます。

ある程度は「深められた」という自信を持てないと、その自信のなさは、それ以降の探究にネガティブな影響をします。ケイパビリティ探究の不足感がコンプレックスとなって、中途半端に別のケイパビリティに横滑りしたり、続くアイデンティティ探究期に自分を健全に捉えられなくなるからです。ひとつの目安として活用してもらえたらと思います。

(3)アイデンティティ探究期:自分の中の矛盾を統合し、コンプレックスに向き合う

「ケイパビリティ探究期」に続く3つ目のステージは、「アイデンティティ探究期」です。

ケイパビリティの探究自体は仕事人生を通じてずっと続くわけですが、30代半ばから40代の中年期に差し掛かり、組織内での役割の変化やライフステージの変化が起きてくると、職業人としてのスキルを磨いているだけでは成長を実感できなくなってきたり、「自分が何のために働いているのか」がわからなくなったりすることがあります。こちらの記事で解説した「中年期のアイデンティティ・クライシス」問題ですね。

中年期のアイデンティティの再統合が難しい理由は、年齢や役割の変化によって自分のなかに新たに増えた要素同士に「矛盾」が生じるからでした。たとえば「手を動かしてデザインしたい自分」と「他人のデザインを指導しなければいけない自分」の矛盾。「仕事を頑張りたい自分」と「もっと家族に向き合いたい自分」の矛盾など、折り合いのつかない要素が共存することで、「自分らしさ」をシンプルに定義できなくなっていく。結果として、揺れ続ける自分の「中途半端さ」に悩み続けてしまうわけです。

そこで、アイデンティティの再定義に向けて、探究テーマは若手の頃より少し視点や視座を変えていく必要があります。これまで探究してきたケイパビリティの意義を再解釈して抽象化したり、いまの立場や役割だからこそ探究できる別のレイヤーのテーマにシフトさせたりすることが有効です。僕であれば、20代のうちに研鑽した「ワークショップデザイン・ファシリテーション」のケイパビリティを再解釈して35歳で「問いのデザイン」に抽象化して、40代は経営者として「冒険的世界観の組織づくり」が自分のアイデンティティを統合する新たなテーマとなっています。

このように、自分のアイデンティティを再解釈することに好奇心を向けるのが、「アイデンティティ探究期」です。

とりわけ「器用貧乏」的な自認のある人や、さまざまなキャリアを点々としてきて、履歴書だけ見るとキャリアに一貫性がないように見える人は、「アイデンティティ探究期」において特に悩むと思います。しかし、アイデンティティの矛盾が大きく複雑であればあるほど、それらをうまく統合できたときのポテンシャルも大きいと言えます。

アイデンティティ探究期のポイントは、「自分のコンプレックスに健全に向き合うこと」にあると考えています。

ケイパビリティ探究期の間は、自分の自信がまだ確立されていないため、コンプレックスになかなか向き合うことができません。

たとえば私の場合、いま思い返してみると、20代の頃は父親に対するコンプレックスが大きかったように思います。私の父は芸術家で、自分なりの哲学を持っており、とにかく話すことが「面白い」人でした。言ってることは難解で、よくわからない。けれども独特な魅力を発している人で、そこに憧れを抱いていました。他方で、自分には「父のようにはなれない」「あのように大衆を無視した独創性は発揮できない」といった感覚もあり、それがある種のコンプレックスだったと言えます。今でこそ素直にそれをこうして記事に書くことができていますが、当時はうまく言語化できず、そのコンプレックスを受容できなかったことで、「話がわかりにくい人は悪だ」「話はわかりやすければわかりやすいほど価値がある」「エビデンスが重要だ」などという観念を持つようになり、僕自身は「いかにわかりやすく話すか」「研究者といて、エビデンスを実証する」ということに執着していたように思います。

結果的に、そんな父に対するコンプレックスは学習の原動力となり、私は大学院に進んで「難しい領域に対してエビデンスを持って、わかりやすく言語化する」というケイパビリティを確立することができました。でも本当は、父のような「言ってることは難解で、よくわからない。けど、なぜか面白い人」に対する憧れがあったわけです。

このように、私が自分のコンプレックスに向き合えるようになったのは、自分の強みが確立され、自分を卑下する必要がなくなったからです。そして、強みと共にコンプレックスと向き合い「自分が本当はどうなりたいのか」「自分は本当は何がやりたかったのか」について考えられるようになるのが、アイデンティティ探究期なのです。

私の場合、組織論やファシリテーションについてわかりやすく語ったり、「こうすれば組織がうまくいく」といった「誰にでも役に立つノウハウ」のエビデンスを集めることは、自分の本当にやりたかったことではありませんでした。

本当に自分がやりたかったことは、ある意味で父のように、自分なりの思想と哲学を持つこと。いまはコンプレックスに健全に向き合えているからこそ、自分の本当の望みに目を向けて、未熟ながらも「冒険的世界観」や「探究」に関する自分なりの思想・哲学を育てることができています。

また、最近「組織のルールデザイン」に関する探究を行っているのも、新しいケイパビリティを獲得するためではありません。パーソナリティ形成期に生じた「暗黙のルールに従うのがすごく嫌い」という自分の中の抑圧を解放するために、ルールの探究を行っているのです。

人文系の研究者の中には、自分の苦手なことを研究テーマにしている人が少なくないのですが、彼らもまた研究を通じて、自分のコンプレックスやアイデンティティの問題と向き合っている、とも解釈できるのではないかと思います。

(4)社会的ミッション探究期:自分らしく社会に貢献する

探究型キャリアステージの最後のステージは、「社会的ミッション探究期」

私自身はまだこのステージに突入していないため、自分より上の世代の方々を観ていて感じることや仮説ベースにはなりますが、一言で言えば、「自分は何のために生まれて来たのか」「自分がこの社会に還元・継承できることは何なのか」といった自分の社会における使命を探究しながら、自己実現を果たしていく時期になるのではないかと考えています。

「社会的ミッション探究期」のポイントは、自分の好きなことに時間を使い、自分らしく無理なく社会貢献できるスタンスやアプローチを探りながらも、それまでに積み残した発達課題と適度に向き合うことになるのではないかと考えています。

たとえば、人によってはケイパビリティ探究期に自信を確立できないことが心のこりになっていたり、アイデンティティ探究期で自分のアイデンティティを再統合できないまま、自己犠牲的にマネージャー職を全うしたりなど、それまでのキャリアステージでなんらかのキャリア課題を残したままシニア期に移行することも少なくないはずです。

そうした自分の弱みや後悔について「まあ、自分はこういう人間だ」「これも自分の人生だ」とある種、前向きに諦めて受け入れたり、あるいは逆に「今だから向き合える課題」として「遅すぎることはない」と、乗り越えようと新たなチャレンジをしたりする場合があるのではないかと思います。

社会的ミッション探究期は、支援者・指導者としての強みが熟達し、次の世代を支えていく時期でもありますが、このとき、自分の抱えている抑圧にうまく向き合えないままでいると、いわゆる「部活で先輩にしごかれてつらかったから自分も後輩をしごく」原理によって、抑圧を次の世代に再生産してしまうこともあります。これが、いわゆる「老害」と呼ばれる現象ですね。

そのため、「老害にはなりたくない」というある種のメタ認知を持ち、自分の積み残した発達課題に向き合いながらも、社会や周囲の人たちとの関係性の中で豊かな人生を送るための方法を探っていくステージになるのではないかと、さまざまな先人の書物を読んだり、周囲の先輩方の葛藤を伺うことで、自分なりに想像しています。

さて、ここまで4段階の探究型キャリアステージについて解説してきましたが、いかがだったでしょうか。このモデルは、あくまでも一般的なキャリアステージごとの特性を踏まえて、それぞれのフェーズで取るべき探究スタイルをモデル化したものです。現実には探究のステージや年代が前後したり、複数のステージの探究を同時並行的に進めていくケースもあると思いますが、あくまで1つの目安として、参考にしていただけましたら幸いです。

今後は、それぞれのキャリアステージに応じた探究の方法論を、より具体化していこうと考えているところです。ご意見やご感想がございましたら、ぜひnoteやVoicyのコメント欄にお寄せください。


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