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組織に“できたてホヤホヤの暗黙知”をシェアする仕組みをどうつくるか?子どもの「逆上がり」習得過程を見て気づいたこと

今日は「子どもの日」ということで、個人的な話になりますが、先日、5歳の娘が「逆上がり」を習得しました。

一人の親として感動を覚える瞬間だったことはもちろん、習得のプロセスがまさにヴィゴツキーの言う「ZPD(Zone of Proximal Development、最近接発達領域)」そのもので、親としても、研究者としても非常に感激してしまいました。

そこで本記事では、「娘の『逆上がり』習得」というきわめて身近なエピソードを通じて私が感じた、ナレッジマネジメントにおける「できたてホヤホヤの暗黙知」の重要性と、「ZPD」を学びにつなげるためのポイントについて、書いてみたいと思います。

ある日の公園での「驚き」の出来事

ある日、保育園の帰り道に寄った公園にて。5歳になったばかりの娘が、「『逆上がり』をやってみたい!できるようになるまで帰らない!」と言い出しました。

それまで、鉄棒そのものは好きで何度も遊んでいましたが、本腰を入れて逆上がりの練習はその日がはじめて。「さすがに1日では無理なんじゃないか……」と思いながらも、一生懸命チャレンジする娘の姿を見守っていました。

奮闘する娘を微笑ましくも応援する気持ちで見ていたのですが、気づけば少し意外な展開になっていきました。

公園で遊んでいた他の子どもたちが、懸命に逆上がりに挑戦する娘の周りに次々と集まってきて、それぞれの立場からアドバイスし始めたのです。その子どもたちの中には、保育園のクラスメートの子もいれば、顔見知り程度で特に親しくない年上の子もいたようなのですが、あまりの白熱ぶりに驚いてしまいました。

「足をこうやって斜めにして上げるといいらしい」
「鉄棒におへそを近づけるんだよ」
「手は逆手でやった方がいいよ」
「僕はこうやってるけど、ダメだった」

……一人ひとり言うことはバラバラだったのですが、何人もの子どもたちが娘の目の前で実演しながら懸命にアドバイスをし、それを聞いた娘はいっそう試行錯誤を重ねていきました。

さすがにその日のうちには習得できませんでしたが、その日は「あと少し」のところまで上達。なんとその2日後には、初めて「逆上がり」に成功したのです。最初のうちは安定しませんでしたが、その後も練習を続けて、1ヶ月以内には完全習得。

逆上がり、完全習得👏

私自身はかつて「逆上がり」にはけっこう苦労した記憶があったので、非常に驚かされた出来事でした。親バカな話ですみませんw

他者とのインタラクションが、学習を加速する

一連の出来事に驚かされる中で、なぜ娘がこれほどまでに早く逆上がりを習得できたのか。もしかして天才なのでは???などと考えていたのですが、ふと冷静になったときに、大学院で学んだある理論を思い出しました。

それはロシアの心理学者レフ・ヴィゴツキーが提唱した「ZPD(Zone of Proximal Development、最近接発達領域)」における他者との活発なインタラクションがあったからではないか、というものです。

「ZPD」とは、「できること」と「できないこと」の間にある「他者の存在や支援があればギリギリできること」の領域のこと。

たとえば、1人では6ピースのジグソーパズルしか完成できなかった子どもは、他の子と2人1組でパズルをやったり、少し年上の子どもがアドバイスをしてくれたりするような状況において、8ピース、10ピースのパズルを完成できたりするわけですが、この差分の領域が「ZPD」になります。

レフ・ヴィゴツキーが提唱した「ZPD(Zone of Proximal Development、最近接発達領域)」

「ZPD」において、その人の未来の発達のポテンシャルが、他者と協働することで発現し、次第に内面化・獲得されることで、「できること」になっていくのです。

今回の一件では、娘の元に集まってきたたくさんの子どもたちと、ああでもないこうでもないと実演しながら「協働」していた時間に、娘の未来の発達のポテンシャルが引き出され、それが内面化・獲得された「ZPD」の事例そのものではないかと感じました。

「できたてホヤホヤの暗黙知」が持つ可能性

さらに言えば、今回、娘にアドバイスをくれた子の中には、既に逆上がりを習得していて実演をしてくれた年上の”先輩”もいれば、娘と同じく練習中で、まだ全然できていない”未熟な同僚”もいました。大人からしてみると、「できている子から教えてもらわないと意味がないのでは?」と言いたくなってしまうのですが、娘本人にとっては、そうした現在進行形の実践者たちによる「まだ完全には言語化されていない微妙なコツ」や「自分はこうやってみたけどダメだった」という共有がかなり刺さっていたようで、熱心に聞いてトライしていました。

このプロセスを見ながら私が感じたのは、綺麗に整理された形式知を持つエキスパートではなく、「できたてホヤホヤの暗黙知」を持つ「ちょっと先を行く他者」の方が、ZPDにおける学習支援や組織のナレッジマネジメントを活性化するのではないか、ということです。

この「実践の中でいままさに生み出されつつあるホットな暗黙知」の重要性は、組織におけるナレッジマネジメントの仕組みを図式化した「SECIモデル」からも説明できます

「SECIモデル」において、「暗黙知」が「形式知」となる以前には、個人間の暗黙知をお互いにぶつけあう「共同化」というフェーズがあるわけですが、ここで、「出来立てホヤホヤの暗黙知」を持った個人同士が、それらをぶつけあう必要があるのです。

「娘の逆上がり」の例で言えば、大人の私には、「逆上がり」を成功させるセオリーとロジックは子どもより多少ある一方で、「逆上がりができない人の気持ち」は、もうほとんどわかりませんし、感覚的な手触りのある暗黙知ももはやありません。そのため、私がいくら知識や理論に基づいたアドバイスをしても、あまり心を動かされなかったり、うまく機能しなかった可能性もあるでしょう。

それよりも、まだ習得できていないけれど、いままさに「暗黙知」を生み出しつつある友達とのインタラクションの方が有効な場合がある、言い換えれば、はるかに熱量ある協調学習の機会になる場合があるのです。また、大人ではなく自分よりちょっとだけ年長の子が実際にやって見せてくれることで、「ちょっと工夫すれば自分にもできるかもしれない」というモチベーションが湧く、という側面もあります。

企業の事例で言えば、たとえばトップセールスマンが新人に研修をするよりも、いま現在進行形で営業がうまくなりつつある、ホットな暗黙知が形成されている人たちと新人とのインタラクションを強めた方が、組織のナレッジマネジメントを活性化する上では重要な場合があるのではないか、ということです。

私自身も、たとえば社内の誰かが、ちょっと先輩の誰かに「ワークショップデザイン」に関する相談をしているときなどに、「私が専門家なんだから、私に聞いてもらった方が早いんじゃないか?社長だから遠慮してるのかな..」などと思ってしまうことがあります。しかし、はるか昔にワークショップの技術を習得し、既に現場を離れている自分が教えるよりも、まだ学習途上にある人たちが「ああだこうだ」と議論する時間の方が、アツくて豊かなコミュニケーションになるのかもしれません。

「ZPD」を学びにつなげるための3つのポイント

とはいえ、「他者の支援があればできること」が、いずれ必ず内面化して「ひとりでできること」になるとは限りません。たとえば、「ChatGPTを使えばセンター試験で9割が取れる」という人が、仮に100回センター試験の練習問題を解いたとしても、ChatGPTを使わずにセンターで9割を取れるようになることはないでしょう。

そのため、「ZPD」が「できること」になるためには、以下の3つがポイントだと思っています。

ポイント1:他者の支援がない状態で、挑戦できるような機会をつくる

1つ目は、他者の支援がない状態で、挑戦できるような機会をつくること。娘の「逆上がり」の場合には、実は友達からのアドバイスがあった翌日や翌々日、誰もいない場所で挑戦するような機会をつくることで、少しずつ自力で「逆上がり」に挑戦できるような促しを行いました。

こうした、少しずつ足場を外していくようなファシリテーション的介入はけっこう重要だと考えています。逆に、教えることやサポートすることが半ば自己目的化してしまい、懇切丁寧に指導してくれるような先輩がずっと傍にいると、本人の学習が阻害されてしまう可能性もあります。

ポイント2:自己実現と結びついたモチベーションを持つ

もう1つ重要なのは、「自力でできるようになりたい」というモチベーションを本人が持っていることです。娘の場合は、「できるようになるまで帰らない!」という強い執念を持っていたことも、習得に大きく寄与していたのではないかと思います。

結局、本人の自己実現と結びついたモチベーションなしには、いくら適切な支援があっても、新たなナレッジを習得するのは難しいのです。たとえば、「ChatGPTを使って試験を解いている人」には、そもそも「自力で試験を解けるようになりたい」というモチベーションがあまりないでしょう。それでは、いつまで経っても自力で試験が解けるようにはなりません。

ちなみに、自己実現と結びついたモチベーションに関しては、以下のVoicyの配信で詳しく話していますので、気になる方はぜひお聞きください。

ポイント3:適切なレベルの暗黙知を持った人との交流

加えて、適切なレベルの暗黙知を持った人との交流があることも重要です。娘の「逆上がり」の場合には、たまたま1歳年上の逆上がりができる子が実演をしてくれたことで、「未来の発達のポテンシャル」が刺激されました。しかし、もしその場に「逆上がりができない子たち」しかいなかったとしたら、ここまで早く「逆上がり」ができるようにはならなかったとも思います。

会社組織においても同じことが言えて、適度に暗黙知のレベル感をばらけさせたうえで、ナレッジシェアをするグループやコミュニティへとアサインしていくことが重要でしょう。

これら3つをまとめるとつまり、組織においては、「段階的な足場掛けと足場外し」「本人のモチベーション」「適切な他者とのインタラクション」といった複数の要素を考慮しながら、意図的にホットな暗黙知がぶつかり合う瞬間をつくり、学びを起こしていく必要があるのです。

たとえばMIMIGURIにおいては、瀧知惠美がリードする「知識創造室」という部署が社内のナレッジマネジメントを仕掛けており、「できたてホヤホヤの暗黙知」を社内に共有するために、社内番組を活用しています。具体的には、毎月プロジェクト単位で業務上の暗黙知を振り返る社内番組をつくっており、現場でプロジェクトに関わったメンバーたちが番組内でリフレクションをおこない、Slackを通して視聴者とインタラクションすることで、生まれたばかりのホットな暗黙知を共有しているのです。このように、できたてホヤホヤの暗黙知が共有される場を仕組みとして担保することは、組織のナレッジマネジメントにおいて非常に重要だと思います。

今回の娘の「逆上がり」の一件では、そんな暗黙知共有の重要性を改めて実感したのでした。

【5月13日追記】この記事はSNSで大変反響を呼びましたが、手放しで賛成すべき内容ではないと考え、以下のVoicyで記事の内容を自己批判・訂正しています。よければあわせてお聴きください。


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