エッセイとともに生きている
誰かのエッセイを読むより自分のエッセイを書くことが好きなのだが、最近はオードリーの若林正恭さんのエッセイを読み漁り、その勢いで自分もエッセイを書く、というサイクルが出来上がっている。
それもこれも、未だ冷めやらぬ「だが、情熱はある」で、後半によく出てくるようになった若林さんのエッセイの一節を用いたナレーションのせいだ。
若林さんの、表現力?描写がすごく良い。
人生は合う人に会えばいい、とか、気づきを与えてくれる名言もあれば、あぁ、この感情ってそういう風に表現すれば良いんだ、と、ぴったりな言葉選びをされるのが本当にすごい。
特に最終回で放送されたあるシーンには衝撃を受けた。
それは、若林が夜1人で歩いていたら、正面から若者がゆらゆら歩いてきて、若林を睨みつける。
緊張の空気の中、若林はキレられるすんでのところでその場から離れると、若者は背後で暴れ出す、というシーン。
若林が、背後で暴れ出した若者の方を振り返った後、この内容がナレーションで流れた。
ぜひ映像で観てほしい。
天才かと思った。
暴れる若者を見て、こいつとは絶対気が合う、でもそれはもう許されなくて残念だ、なんて天才的な表現をしながら、そこに流れるのは圧倒的な孤独感で、このコントラストがたまらなく美しい。
海人くんの演技力も相まって、ここで本当に頭が真っ白になるくらい衝撃を受けた。
こんな天才的な表現されたらもう尊敬の気持ちしか出てこない。
天才の表現力を堪能したい。
と言うわけで若林さんのエッセイを読んでいる。
エッセイの良いところは日記のように毎日書かなくても良いところだと思う。
日記だって毎日書かなくても良いんだと言われるかもしれないが、"日"の記(録)という名称である以上、その名の通り続けられないと耐えられなくなって辞めてしまう性格なので、何回もトライしては挫折してきてた。
でもエッセイなら、頻度は決まりがない。
何ヶ月、何年空こうと新しく書けば続けたことになる。
今年39歳。
おそらく小学5年生あたり、11歳に初めてエッセイを書いたので、今年で28年書き続けていることになる。
飽きっぽくて、色々手を出してはすぐ辞めて。
習慣化のハウツーの本を何冊も読み漁った私としては感動するレベルの、継続している数少ない習慣だ。
なぜ続けられているのかなぁと考えたときに、文章を書くことがストレス解消になっているからかなと思う。
それもエッセイが好きなのは、何気ない出来事を思うがままに書きつつも、何かテーマに合わせて書いたりと表現に自由がきくところと、こういう公開されるタイプの場所に書くものであれば、客観的な視点も意識して、伝えたいことをぶらさないようにすることとか、オチ的なところも考えてまとめながら書くから、最終的に納得いく内容にしやすい気がする。
モヤモヤ考えていることをまとめていくと、どんどんクリアになってスッキリしていくし、かっこ悪い内容でも、書くことで救われた気分になるし、側から見たら物語にすらなったりしているかもしれない。
そんな感じで書き続けているエッセイだけど、書き方は歳と共に変わっていっている。
小学生、中学生時代は実家の勉強机で、勉強に飽きたとき、その上にノートを広げ、鉛筆でガーッとストレス解消のように書いていた。
大学生になってからは、書きたい内容をタイトルだけ残しておき、気分が乗ったときにパソコンでWord原稿にタイプして書くようになった。
手書きも好きなのだが、頭の中に書きたい表現がどんどんどんどん溢れてきて、書くスピードが追いつかないのがストレスで、タイピングに切り替えた。
特に高校〜浪人生活時代のタイトルストックはすごかった。
書きたいことはたくさんあったのだけれど、高校時代は外に向かうことしか楽しみを感じられなくて、思いっきり自分の内に向かう作業であるエッセイ執筆は、全然気が向かなかった。
ようやく内に向かうことも取り入れられるようになったのは大学生、もしくは新社会人の頃。
20代前半はタイトルストックの消化がメインで、書きながら、もう一回高校生活を生きていた気分だった。
社会人が深まってからは、ノート2冊分の手書きのエッセイをデータで残したくてWordで打ち直したり、noteに書いてみたりしたが、矛盾した内容を正したくなったり、小っ恥ずかしい過去を塗り替えたくなったり、言い訳を足したくなったりしてしまうし、noteで公開する場合は、思いっきり出している個人名なんかは伏せないといけないからなかなか思うような表現にならなかったりと、どうしても修正を加えたくなってしまって、なかなか進まなかった。
もうそのままPDFをとっておくのが良さそうな気がしている。
そしてエッセイ熱が再燃している最近は、専らスマホでぽちぽち打つという、こぢんまりした感じで書いている。
キーボードでタイピングしていると、どうしても仕事気分になってしまうというか、なかなかうまく思いをまとめられないのだ。
これもちょうど、アイスココアを飲みながらサンマルクカフェで書いている。
そんな感じで、実は長い間情熱を傾けているエッセイについてまとめてみた。
これからも思うがまま、書けない期間はそれもそういう人生、物語なんだという軽い気持ちでエッセイは続けていきたい。
エッセイとともに生きていきたいと思う。
前置きで「だが、情熱はある」のことを書いていたら、ドラマ自体の感想もじっくり書きたくなってきた。
これで書きたかったのは自分のエッセイについてなんだけど、だが情が良過ぎて、前置きが長くなってしまったので、やっぱり吐き出し足りてないんだなぁと思った。
書かないと。
本当にこのドラマに出会えて幸せだったなぁ。
☟7話を観た後に書いたnote