【創作】星を拾ったカラス
生まれたときからこの町で生きてきたカラスは、光のぐあいで黒にも蒼にも紫にも光る自分の翼が大の自慢だった。
が、一方からしかカラスを見ないその町の人とは喧嘩ばかり。自分の色を忌々しそうに睨む人々に飽き飽きしたカラスは、彼らの目の利かない夜にばかり空を舞っていた。
人のいない町をいつものように飛んでいて、カラスははたと気がついた。暗がりの中に人間がいて、その目と自分の目が合ったことに。
それはそんなところにいて別の生き物に食われやしないのかと思うほど、小さくて細い女の人間だった。
人間の口がゆっくりと動く。
人間の言葉などわからないが、汚い言葉でないことはわかった。
自分に向けられた目が、綺麗なものを見つけたときのきらきらとした目だったからだ。
その瞳の色が気になって、カラスは毎日同じ時間にその人間を探すようになった。
人間はだいたい毎日同じ時間に外を歩いていた。
カラスは遠くからそれを見つけては、その視界に掠めるように飛び、近くの木や電柱に止まった。そして小さく、カアと鳴くのだった。
ある夜。
いつもは歩いている人間が、道の脇に放り出すように置いてあるベンチに座っていた。
カラスは飛んでいって近くの木の枝に止まると、いつものように小さく鳴いた。
すると人間は、口の両脇に掌を持っていったと思うと、これまた小さく「コンチハ」と鳴いた。
聞き間違いじゃない。たしかに挨拶をした。
カラスは驚いてじっと人間を見た。
人間はまっすぐカラスを見ながらもう一度、「コンチハ」と鳴いた。
カラスはもう少し近くの木に飛び移り、人間を見下ろした。
人間は空を見上げて、そのあとは何も言わなかった。
そんなことがあってからは、カラスと人間は小さく短い言葉を交わすようになった。距離も少しずつ近くなり、今ではベンチの隣の柵に止まるようになっていた。でも人間は何度会っても、「コンチハ」としか言わなかった。
そのかわり、カラスにはわからない人間の言葉を自分に向かってコロコロと放つのだった。
カラスの翼を指差し、それから夜空を指さして笑う。同じ色だと言っているのだろうか。目を細めてカラスの色を見つめるその瞳が、カラスは嫌いではなかった。それはきっと、人間もカラスを嫌いではなかったからだろう。
そして言葉の意味はわからなくても、仕草や表情で人間の言っていることが察せるようになってきた。
夜空を見上げては、とんてんと小さく瞬く光と光を指で繋げていく。いくつか繋げると、カラスの方を向いて何かを言った。
人間はあの光が好きなんだな、とカラスは思った。
カラスも、道端に落ちているキラキラしたものが好きだ。
姿も言葉もちがうのに、似たようなものが好きだなんておもしろい。
いつのまにかカラスは、人間といっしょに夜空を見上げるのが好きになっていた。
季節が変わって、またある夜。
カラスは道端で、煌々と光る何かを見つけた。
今まで見つけたどんなキラキラよりも強く光り、近づくと昼間のように明るい。
これはなんだろう、とカラスは思った。
そして空を見た。
なんてことだろう。
人間といっしょに見た夜空の、人間が指差してひときわニコニコと笑った一繋がりの光の中の一つが無い。
ぽっかりと、黒く蒼く紫の空間が浮かんでいる。
これはあそこから落ちてきた光だ。
大変だ。あれが無くなったら、人間が悲しむ。
カラスは光をくわえた。
くちばしの先が真昼のように輝き、行く道を照らす。その光は、おひさまにぬくめられたカラスの羽毛のように、ふっかりとあたたかかった。
カラスは飛んだ。
飛んで、飛んで、どんどん空高く上っていった。
町の光は、あのとき下から見上げた夜空の光と同じくらい小さくなった。
夜空の光と地表の光に包まれて、それでも高く高く、カラスは上空を目指した。
人間が夜空と同じ色だと言ったカラスの翼に、満天の光が映り込んで光る、光る。
飛ぶように光がカラスの身体を駆け抜けて、カラスはどこまでも飛んでいった。
カラスの翼の色は夜空の色と溶け合って、今はどこを飛んでいるのか、誰にもわからないのである。
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