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傍にあるものの、本当の意味。

人によって興味が違うということは、ワタシにとってとても関心の深いことだ。
みんなが皆んな、同じモノに共感し、同じモノに同調し、同じモノに涙していたら、それは本当の感動と言えない気がするからだ。

誰かと自分の違った一面を知ることによる気づきこそが、世の中にある全ての創作物に現れていると考えている。

さて、人それぞれの興味という観点で一日を過ごした場合、分かりやすい指標は「持ち物」だ。

平日はスーツでないといけないサラリーマンの方ですら、スマホケースや時計など、その人の持ち物から、その人自身の特徴や個性を見出すことができる。


傍にあるものの、本当の意味。

とまあ、こんな風に書くと、これからワタシと会うことになる友達は「観察されちゃってる?」と思うかもしれない。笑
いやいや、そこまでストイックに観察しているわけではないのでご安心を。

ただ、女性ならばやはり、会計の時に取り出したお財布が素敵だったら
「このお財布、かわいいねぇ」
といった会話ぐらいするだろう。

そんな時だ、ワタシはいつも「傍にあるものの、本当の意味」を考えてしまう。

ごく自然にそこにあるものは
本人も気づかないくらいのレベルで
計算されたかのような
思考の投影だ

持ち物の中に、初めは身に着けることすら抵抗があったものが、いつの間にか違和感なく持ち歩くようになったものもあるだろう。

それは、自身の中で思考の変化があったためだ。
いつも傍にあることで、そこに意味が加わったのだ。

いつも傍にあるものは
意味なくそこにあるようで
大切なものばかりだ。

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