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令和源氏物語 宇治の恋華 第六話

  第六話 花合わせ(二)
 
按察使大納言は年頃になった三人の娘たち同時に裳着の式を整えました。
女御を輩出するようなやんごとない家柄には珍しいことですが、寝所を共にする仲の良い娘たちを慮ってのことです。
寝殿を七間四面に広く改築して裳着の儀式に備えました。
姫達それぞれに贅沢な調度を誂え、各々好みに合わせた立派な装束を仕立てさせました。大君には落ち着いた風情の二藍、中君には艶やかな蘇芳、宮の姫には可憐な萌葱の装束を。
裳着の当日は、藤の花が香り、ほんのりと朧に月が浮かぶ静かな宵でした。
格子を大きく開け放ち、さわやかな夜気がしっとりと優しげな趣です。
寝殿の南面に大君、西面に中君、東面に宮の君の御座所を設えさせ、三人三様の美しい襲がこぼれる様子に按察使大納言は感極まって涙を流されました。
「姫たちよ、成人おめでとう。父としてこの日を迎えられたことが喜ばしい」
「御父上さま、感謝しております。三人で成人を迎えられるなんて、ありがたいことですわ」
姉妹を代表して大君が慎ましく応えると、御簾のあちらで中君、宮の姫もしずしずと低頭しました。
「我らは藤の一門なれば今宵のような風情は天に言祝がれているようでめでたいかぎりじゃ。宮の姫には申し訳ないが、まことの娘と思うている故と許されよ」
「御父上さまのお気持ちは心得ておりまする。藤の花はわたくしのもっとも好む花。わたくしこそ藤の一門の末席に認めてくださればありがたいこと」
宮の姫のか細い御声に大納言は何度も頷かれ、真木柱の君もありがたさに頭を垂れました。
「もしも大臣にまで上られた私の父君がご存命であられたら、姫たちの腰裳を結っていただくところであるが、代わりに私が役目を果たそうほどに。しかし一門の映えの門出を陰ながら喜んでおられるであろう」
大納言はそう言うと、大君から順に腰裳を着けて差し上げました。
「お父上さま、ありがとうございます」
「大君、そなたはほどなくして春宮の元へ輿入れする大切な御身、健やかに過ごされよ」
檜扇で顔を隠した大君の表情は窺えませんが、はたりとうれし涙を流されました。
中君は明るい気性なので、湿っぽい雰囲気は微塵もありません。
「お父上さま、育てていただいたこと、感謝しかございませんわ。ありがとうございます」
「中君、あなたにも良いご縁が恵まれるよう父はまだまだがんばりますぞ」
「うふふ、頼りにしておりますわ」
宮の姫は実子ではないにしても同じように尽くそうと大納言は優しげに話しかけられました。
「母君とのご縁で宮の姫のような娘ができたことは私の誉れでございます」
「お父上さま、ありがとうございまする。わたくしこそお父上さまの娘になることができましたこと、幸せにございまする」
大納言はこの姫にも良縁を、と心に刻んだのでした。
 
 
さても娘を持つ父親とはこれほどに悩み多きものか、と按察使大納言は深い溜息をついておられました。
大君は春宮へ入内し、北の方・真木柱の君によると寵愛も厚く、後宮での暮らしにも慣れたという頃になると、やはり中君と宮の姫の結婚相手を考えるようになるのです。
とある夕暮れ。
庭の遣り水に蛍が数匹飛ぶのを見つけた大納言は側に控える妻に呼びかけました。
「ご覧なさいな。蛍も相手を見つけるために美しく光を放っておるぞ」
「風流でございますわね」
「蛍はああして相手を誘うのだな。人間はそう簡単にはいかぬものよ。なぁ、お前。やはり当代一の婿はというと、薫中将か匂兵部卿宮であるよなぁ」
「そうですわね。どちらの貴族もあの御二方をどうにかして婿に迎えたいと考えておられるようですわ」
「ううむ」
大納言は腕組みをして頭を捻りました。
「中君のお相手にどちらかをお考えですか?」
「できれば宮の姫にも、どちらも欲しい・・・」
「まぁ、わが姫のことまでお考えいただいておりましたのね」
真木柱の君はうふふ、と夫の心遣いに笑みをこぼしました。
「実は姫に結婚のことをそれとなく聞いてみたことがございます」
「ふむ。して?」
「姫はまるで現実のことと考えておられないようです。そもそも皇族の姫は未婚で通す方も多くございます。幸いわたくしのお爺さまや姫の父から譲られた財産もあることですから、生活は問題ないでしょう。何より引っ込み思案の姫の気性を鑑みますと、世の噂に上るようなこともなく身を慎み、時が来れば仏門に帰依するのもよかろうかと」
「なんと若い身空でそのようにお考えか」
「あなた、こればかりはご縁ですもの。わたくしは姫に定められた運命に委ねようと考えております。殿方に根付くならばそれもよし、ですわ。まずは中君の身の振りが大事でございます」
「そうさなぁ、どうしたものか。薫君はそちらの方面は浮いた話も聞かぬ堅物だと聞き及ぶし、匂宮は逆に色好みという噂。二人を足して割るくらいのほどよい公達はおらぬかのう」
「やはり殿方のことは女人の間で聞きこんできた方がようございましょう。後宮にて当たってみましょう」
「そうしてくれるか、お前」
「中君にとっても重要なことでございます。お役に立ちたいですわ」
按察使大納言は、男同士では見せぬ顔というものを女人ならば知ることもあるかもしれぬ、としばし妻に事を委ねることにしました。

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