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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十六話 第五章(4)


あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
心強い夫を得てしばし幸せな気分を味わうおちくぼ姫ですが、石山詣での一行ははや邸に戻ってきました。
落窪の間に潜む少将の存在を気付かれないように、またまた一悶着ありそうな予感に姫も阿漕もドキドキです。

  秘密の結婚(4)

さて、苦労の末に夜遅く中納言邸に着いた右近の少将ですので、次の朝早くというのは酷なことですが、その日は中納言一家が石山詣でから帰ってくる日なのでのんびりとはしていられません。
阿漕の話を聞いて少将は早々に退散した方がよいと判断しましたが、すでに家人たちが到着した様子です。
仕方なく少将は落窪の間に身を潜めることになりました。
おちくぼ姫と阿漕は顔を青くしていましたが、少将は几帳の後ろで、
「バレたときは、そのときですよ」
と、姫を自分の邸に連れ帰ればいいくらいに考えてお気楽なものです。
姫は親の許しもなく結婚したことが発覚すれば北の方にどんな仕打ちをされるかと思うと、気が気ではありません。
その時、どしどしと足音をたてて、北の方の怒鳴り声が聞こえてきました。
「阿漕はどこだい?みなが帰ってきたというのに迎えにも出ないなんて。おや?どうして戸を閉め切っているのだい?はやくお開け」
北の方の剣幕がものすごく、そんな見苦しい様子をこれ以上少将に聞かれるのを辛く感じた姫は阿漕を急かして戸を開けさせました。
「どういうわけで閉め切っていたんだい?」
「本日は忌日(きにち)で物忌み(ものいみ)なさっております」
そう阿漕が機転を利かせたのですが、
「自分の家でもないのに物忌みなど生意気な」
と、北の方は容赦がありません。

平安貴族は身内の者などが亡くなった日を忌日として、部屋に籠って慎むという習慣があったので、阿漕はそのように頭を働かせたのですが、北の方には通用しなかったというわけです。
無理やり部屋を開けさせた北の方は落窪の間の様子が変わっていることを訝しみます。
「この几帳はどうしたんだい?」
「私の叔母から借りました。あまりに殺風景なもので」
阿漕が言うと北の方は実に嫌な顔で探るように聞きました。
「香まで焚いてなにか変ったことでもあったのかい?」
「なにもございませんわ。お義母さま」
おちくぼ姫はおどおどと目を伏せました。
姫と阿漕が取り繕っている間、右近の少将は几帳の隙間から北の方を垣間見ておりました。醜女ではないが、どうにも意地の悪い顔をしているな、と暢気に観察しているのです。
「まぁ、いいわ。そうそう、外出先で鏡を買ったのだけど、あなたが持っていた箱がちょうどよい大きさなので貸してもらおうと思って」
北の方はどうやら姫の豪華な蒔絵の鏡箱を取り上げる魂胆のようです。
「どうぞお持ち下さい」
「あら、やっぱりぴったりだ。やはり古い物は蒔絵が重々しくて素敵だわ」
姫が大人しく差し出すと、北の方は途端に上機嫌になりました。
「こちらさまの鏡のお箱はどういたしましょう?」
阿漕が悔しくて口をはさむと北の方は冷たく言いました。
「後で代わりの物をよこしますよ」
鼻歌まじりに帰ってゆく北の方が憎たらしくて阿漕は怒り心頭です。
「お姫さま、また持っていかれましたわ。あの箱は亡き母君の形見。皇族由来の御品ですのに。どうしてああも意地が悪くて強欲なんでしょう。お姫さまからは取り上げるばかりで何かくださるなんてありませんものねぇ。いくら観音様に拝んだってバチが当たりますわよ」
「まぁまぁ、阿漕。貸してくださいと言われたのですから、いつか返してくださるわ」
阿漕と姫のやりとりを聞いていて、少将は姫の鷹揚で人の良い上品な様子を好もしく思いました。
「しかしあれが噂の北の方か。なるほど意地の悪い感じがよく滲み出ていたなぁ。友達の蔵人の少将の奥さんの三の君は北の方似ということだから三の君はあんまり美人ではないだろうねぇ」
少将は場を和ませようとおどけた調子で言いました。
「まぁ、ちゃんとお化粧をなさったらお義母さまは美しい方なのよ。もちろん三の君も他の方も同様に。でもあなたが覗いていたと知ったらまたお怒りになるかもしれないわね」
「北の方さまは怒るのが趣味のような御方ですからねぇ」
と阿漕がなかば呆れるのが可笑しくて、姫がくすりと笑うとなんともチャーミングで、少将もつられて笑みがこぼれます。

ほどなくしてお露が北の方の遣いでやってきました。代わりの鏡箱を持ってきたのでしょう。
「漆が枯れたよい御品、と北の方さまがおっしゃっておられました」
「ふむ、どれどれその逸品を拝ませてもらおうか」
少将が袱紗を開くと漆の剥げたうすらみっともない鏡箱が姿を現しました。大きさも合っておらず、これにはさすがの少将も言葉が見つかりません。
「こんなはげちょろのみっともない箱、使えやしませんよ」
阿漕はまたも憤慨しております。
「いやいや、今ではこんな年代物にはめったにお目にかかれないものだよ。珍品ということで価値が上がるかもしれない。しかし漆が枯れた、とはうまい言いようだ」
少将が変な関心をしているのが可笑しくて、姫と阿漕も三人で大笑いしてしまいました。


こうして無事に少将の存在は知られることなく、邸が落ち着いた頃にこっそりと帰っていきました。
「お姫さま、素晴らしい方と結婚なさいましたわね。少将さまなら必ずお姫さまを幸せにしてくださいますわ」
「ありがとう、阿漕。それもこれもみんなお前のおかげだわ」
「それにしても几帳があってようございましたわねぇ。あれがなかったら少将さまを隠すことができませんでした。ひいては私の叔母のおかげ、というところでしょうか」
「またそんな冗談ばかり言って」
阿漕と姫は顔を見合わせて笑い合いました。

空は秋晴れで天が高く美しく、姫は亡き母君を思い、心の中で結婚の報告をしたのです。
少し前までは死んでしまいたいと思っていたことがまるで嘘のように、幸せを噛みしめるおちくぼ姫なのでした。






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