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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十五話 第五章(3)


あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
通い三日の宵は大雨に見舞われ、少将の訪れを諦めた姫でしたが、少将は誠実な心に従い無理をおして中納言邸を訪れました。
お餅で夫婦固めの誓いをした新しい夫婦と惟成と阿漕の夫婦。
幸せに満たされて二組の夫婦は仲睦まじく過ごしました。

 秘密の結婚(3)

轟々と唸る風がすさまじく、まっすぐ歩くこともままならない雨足。
右近の少将と惟成が妻恋しさに夜道を歩いていると、向こうから大勢の男たちがやってくるのが見えました。佩刀して鎧を着けているので恐らく衛門府(えもんふ・都の警備をあずかる役職)の役人なのでしょうが、こんな雨風の酷い折に巡回しているのですからもっとも身分の下である雑色あたりでしょうか。
なんとも気の荒い連中ばかりなので、少将と惟成は顔を顰めました。
少将は顔を大傘で隠してやり過ごそうとしましたが、何せ気の荒い下人達です。
「おい、待て。盗人ではないのか」
と、そう簡単に通してくれそうにありません。
「怪しいから捕えよ」
などと、乱暴なことを言う者もおります。
「主人の遣いで道を急いでいただけでございます。どうかお許しを」
乱暴されてはたまらないと惟成は謙って懇願しますが、やはり中には意地の悪い輩もいて、ただでは通すまいという姿勢です。
「この雨風に手紙しか持っておりません。どうかお目こぼしを」
重ねて懇願する惟成は少将を背中に庇っております。
それを不審に思った一人が少将の足が白いのに気付きました。
これでどこぞの貴族と察しがつくはずであるのに、妬みからか、ねめつけるように言いました。
「どうせ女でも盗みに行くのであろうよ。何をいつまでも偉そうにしておるのだ。控えよ」
そう嘲笑して惟成ごと少将を突き飛ばしました。
二人はよろよろと倒れ込むと・・・
こともあろうに道端の牛糞の上に尻餅をついてしまいました。
まったく色男が台無しです。
「ざまぁみろ」
男達はげらげらと笑いながらその場を去ってゆきました。
「なんてことだ。よりにもよって・・・。惟成、戻るぞ。こんな姿では姫に嫌われてしまう」
「殿、このような苦労をしたのですから姫も感動して、牛糞も麝香のように感じるやもしれませんぞ。それにこの雨が汚れを洗い流してくれるでしょうし、お邸はすぐそこです。参りましょう」
「まったくお前の前向き思考には頭が下がるよ」
二人の男たちは笑いあうと目的地に向かって歩き始めました。

中納言邸では阿漕と姫がうつらうつらとしておりましたが、にわかに邸が騒がしくなったので目を覚ましました。
「ちょっと様子を見てまいりますわ」
阿漕が自分の部屋に行ってみると、少将と惟成がずぶぬれで震えておりました。
「少将さま、お越しになったのですね」
阿漕は粗末な身なりに身をやつしてやって来た少将に感動をおぼえました。

本当に少将さまは誠実な御方だった。
きっとお姫さまは喜ぶに違いないわ。

「とりあえず濡れたお着物を変えましょう」
そうしてなんとか体裁を整えた少将は姫の元へやってきて、その袖のひんやりと濡れていることに気付きます。
姫は目を逸らして取り繕っておりますが不安に違いなかったのです。
私を想って泣いていたのか、そう思うと、少将は苦労してやって来た甲斐があったとしみじみ感じました。
「私は雨で濡れてしまいましたが、あなたは涙で濡れていたということですね」
「もうこのままあなたがいらっしゃらないのかと思いまして。わたくしはこれまでの不幸を身につまされたのですわ」
「どうして私が心を変えましょう」
こうして阿漕の用意したお餅は無駄になることもなく、ささやかながら夫婦固めの儀式を執り行ったのです。

小さく丸めたお餅を高坏に盛りつけて、阿漕はお二人の前に差し出しました。
「どうぞ縁起物ですのでこればかりは今宵のうちに」
「これは『三日夜の餅』だね?どうやって食べればよいのかな」
「お婿さまは噛み切らずに三つお召し上がりください」
「なに?三つも食うのか?姫君は?」
「それはもうお好みで」
三日夜の餅は3センチ四方に丸められたお餅ですが、そのまま口に入れて食べなければなりません。
「これは生涯を共にするという誓いなのだね」
「はい」
阿漕が恭しく答えると少将は最初のひとつをとり、今ひとつ取ったものを姫に差し出しました。
「あなたは無理せずにひとつだけ。私と一緒に上がりましょう。私は生涯をあなたと共に仲良く過ごすと誓います」
「わたくしも生涯をあなたと共にと誓います」
そうして二人は仲良くお餅を食べました。
「やれやれ、私はまだ二つも食べなければならないのだね。だが、これくらいで姫君の生涯の誓いを得られるのであれば安いことよ」
少将は男らしく餅をたいらげました。
「どうぞ幾久しくお姫様をよろしくお願いいたします」
阿漕は心を込めて新婚の二人に頭を垂れたのでした。

めでたく夫婦となった姫君と少将は睦まじく語らっております。
阿漕はそんな二人を幸せそうに眺めて自分の部屋へと戻りました。
惟成がまだ寒そうにしているので、阿漕はそれほど難儀したのかと問いました。
「傘をさしていたのにずいぶんと濡れたのねぇ」
「それはいろいろあって大変だったんだよ」
未だ歯の根も合わずにがちがちと震える惟成は途中で雑色の乱暴に遭ったことを話しました。
「まぁ、少将さまのように身分の高い御方がそんな目に」
考えもしないことで阿漕は言葉を失いました。
この平安京は夜の治安がよろしくなく、そんな輩に対抗すべく気の荒い衛士がいるものですが、まさか貴族である少将がそのような目に遭うとは、世界の狭い女人には理解の範疇を越えているのです。
「これほどの情愛はめったにないよ」
惟成が誇らしく主人を褒めるのを阿漕も素直に認めました。
「そうね。お姫さまによいお婿さまを紹介できてよかったわ。本当に何事もなくてよかった。あなたにもね」
そんな優しい眼差しの阿漕を惟光は益々愛しく想わずにはいられないのです。
こちらの二人もその夜は仲良くいつまでも語り合ったのでした。





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