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昔あけぼのシンデレラ 令和落窪物語 第十三話 第五章(1)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
美しい姫に恋をした右近の少将はそうにかして姫に心を開いていただき、互いに愛し合う夫婦になりたいと願います。
阿漕はお二人の結婚を心から祝福してあげたい、名誉挽回とばかりに大奮闘。
右近の少将は姫の心を得られるか?

 秘密の結婚(1)

右近の少将は自分の邸に戻ってからも、あの可憐な姫君の面影を忘れることができず、返事を心待ちにしておりました。
女らしい可愛い人であった。
もうあの人に会いたくて仕方がないとは、これが恋というものであろうか。
今宵こそは心を解いて想いを通わせたいものだ。
姫のことを考えると胸の奥がじんわりと温まって幸せな気持ちが湧きあがる少将なのです。
そこへ惟成が戻ってきましたが、返事を持参していないことに大層落胆してしまいました。
「おい、惟成。私は姫君に嫌われてはおらぬよな」
「阿漕はそのようには申しておりませんでしたが」
と、そういう惟成の懐からは一通の文がちらりと顔をのぞかせております。
少将は目敏くそれを見つけるや否やさっと抜き取りました。
「あっ、それは私の妻からでございます」
「私のことが書いてあるかもしれないではないか」
少将は躊躇なく手紙を開きましたが、そこには期待するようなことは何も書かれてありません。それどころか姫君は思い悩んで床から頭を上げられないほど具合がよろしくないとか。それもこれも少将と惟光がろくでもないことをするからだ、という痛烈な内容が書かれていたもので、少将はがっくりと肩を落としました。
惟光はあまりにも気の毒でなんと声をかけてよいのやら。
「ああ、早く日が暮れないだろうか。今宵こそは私の真心をわかってもらいたいものだ」
少将は日が暮れるのが待ち遠しくてならないようで、立ったり座ったり、腕組みをしたかと思うと頭をひねって唸ったり、惟成はこのようにやきもきと苛立つ主人の姿を初めて目の当りにしたので驚きました。
いつもは恋の冒険も悪戯っ子のような表情を浮かべて余裕綽々の伊達男が真剣に気を揉んでいる、これは本気で姫君を愛し始めているのだな、と感じました。
それと同時に姫によい縁談をお世話出来てよかったと心から安堵しました。
少将は心のまっすぐな青年なので、他の浮わついた貴公子たちとは違い、まことを貫いてくれるに違いない、と惟成には頼もしく思われるのです。
何より幼い頃からお仕えしてきた君ですから、これ以上の御方はいない、と胸を張って言える惟成なのです。
昨晩は阿漕に泣かれたり恨まれたりと散々な目に遭いましたが、首尾は上々、二人の未来が明るく思われて、阿漕の信頼も取り戻せると思うと嬉しくてならないのでした。

中納言邸では阿漕が難しそうな顔をして姫の部屋を眺めておりました。
あまりにも若い姫が住むには殺風景で、結婚の宵の為に美しく飾りたてたくともなんの調度も持たない姫でしたので思案のしどころなのです。
「それにしても憎らしい北の方ですわね。几帳のひとつも与えずにお姫さまの持ち物を取り上げるばかりで。亡き母君のこの美しい蒔絵の鏡と箱があるだけでも無いよりかはましでしょうねぇ」
阿漕はそう言って鏡を磨いて枕元に飾り、頼れそうな人を思い浮べて、はっとお金持ちの叔母さんを思い出しました。
「そうだわ、無いものは借りればいいんじゃない」
阿漕はさっそく頼りになる叔母に手紙を書くことにしました。
無沙汰の詫びとお客様をもてなすために必要なものを貸してほしいと丁寧にしたためたもので、叔母は阿漕が頼ってくれたのを嬉しく思ってくれたようです。身寄りのない姪がこれまで自分に頼らずにやってきたというのを健気に思っていたので、叔母は力になろうと頼んだもの以上にいろいろと送ってくれました。
立派な几帳の他に温かそうな厚みのある夜具、それに真新しい装束が一式入っていたのには、阿漕は嬉しくて涙が出そうになりました。
すぐにまた心を込めてお礼の手紙をしたためたのです。

「お姫さま、いろいろと手に入れることができましたわ」
部屋をきれいに浄めてから几帳や夜具を運び込み、調度を飾るとそこは美しい姫に相応しい部屋に整いました。
「阿漕、いったいどうやってこんなに」
姫は目を丸くして驚きました。
「さぁさぁ。時間がありませんわ。姫さま、こちらの装束に着替えましょう。そしてお化粧をして美しくして、ゆったりとした気分で少将さまをお迎えするのですよ。今宵こそが結婚の夜でございます」
そうして阿漕が持ってきた真新しい装束には芳しい香が焚き染めてありました。
「前にいただいた香をとっておいたんですの。よい薫りでしょう」
「ええ」
まるで生まれ変わるように新しい衣に着替えた姫は胸が高鳴るようなときめきを覚えました。
お化粧をされている間にも立派な少将の御姿を思い出して、今宵あの素敵な殿方と結婚するのだと思うと姫の頬はほんのりと紅潮して胸がどきどきとするのです。
結婚というものはやはりいつの時代であっても女性の夢であります。
花嫁がこうして幸せに顔を輝かせる最高の瞬間。
美しい姫がうっとりと物想うのを阿漕は嬉しく感じました。
心から結婚を祝福してさしあげたい、阿漕はお姫さまに恥をかかせないようにと自分も身支度を整えました。

日が暮れると少将はすぐに中納言邸にやってきました。
迎えた阿漕は牛車から無造作に降り立ったすがすがしい美青年を前にして、三の君の婿の蔵人の少将よりずっと立派な方だわ、と目を瞠りました。
「お前が阿漕だな。よろしくたのむぞ」
少将は魅力的に笑いながら気さくに声をかけてくれて、阿漕はこのような御方ならば姫を必ず幸せにしてくれる、と直感しました。

少将が落窪の間を訪れると、部屋は昨晩とはうってかわって華やかな雰囲気が漂っておりました。
ほんのりと薫る香も趣味のよいものです。
そして何より美しい姫君は昨晩にも増して光り輝くように座していられるのが、少将には眩しく感じました。
やはり見飽きぬ美しい人であるよ、と嬉しくて自然に笑みがこぼれます。
「私のせいでお加減が悪くなったのですね、お詫び致します」
「いいえ、もうよくなりました」
姫君は袖で口元を隠して胸の鼓動が少将に聞こえないようにとうつむきますが、今夜はきれいな着物を纏い、お化粧もしているので昨晩のように切羽詰った気分ではありません。
少将は姫の側ににじり寄るとその美しい瞳を見つめて正直な気持ちを告白しました。
「夜が明ける前にあなたと別れてからこの時が来るのをどれほど待ちわびたことでしょう。あなたの姿ばかりが目の前にちらついて何も手につかないのですよ。これはもう恋という不治の病としか思われません。この病を癒せるのはあなただけなのです」
姫は頬を赤く染めて目を伏せました。
その艶やかな目元は匂うように美しいのです。
「どうか私と結婚してください。あなたを生涯守り抜くと誓います」
姫はそれが少将の本当の気持ちであるとわかったので嬉しく感じましたが、己の境遇を考えるとすぐに「はい」とは答えられないのです。
「わたくしは親にも愛されない、取り柄もない女でございます。あなたは婿として鄭重に扱われることもありませんのよ。わたくし自身の財産もありませんし」
少将はにっこりと快活な笑みを見せました。
「あなたには私が妻の親に引き立ててもらわなければ冴えない頼りない男だとお思いですか?出世というのは自分の力でするものです。あなたの財産などあてにしていませんよ。でも、そうですねぇ」
少将は意味ありげににやりと笑い、その顔がなんとも少年のようで魅力的です。
「もしもあなたが結婚して下さらなければ私は内裏でもうわの空で仕事が手に就かなくなってしまうかもしれません。そうしたらお主上の信頼も損なって左遷ということになるかもなぁ」
「まぁ」
少将の言い分が可笑しくて姫が笑みを見せると辺りには花がほころぶような華やぎに包まれました。
「やっぱりあなたは笑っている顔がこの上なく魅力的ですよ。私はあなたのその笑顔をずっと側で守りたいと思うのです」
姫はこれまでこんなに力強く思いやりのある言葉を聞いたことがありませんでしたので、心が温もりで満たされるように感じました。
「正直いずれは家同士の釣り合いで好きでもない女と結婚しなくてはならないのかとうんざりしていました。しかし惟成を見ているとやはり自分の選んだ人と仲良く愛し愛されて暮らすのが幸せだと気付いたのですよ。私はあなたとそうした幸せな家庭を築いていきたいと思います。どうか私を信じて結婚してくださいませんか」
いつしか真顔に戻った少将は真剣に打ち明けました。
その凛々しく精悍な顔立ちは引き込まれそうなほどに魅力的で、真摯な瞳には抗う力を奪う光が宿っております。
姫は恥らいながら、
「あなたを信じますわ」
と、呟きました。
その面はきらきらと輝いて、咲き初めた薄紅の桜の花のようにあでやかなのでした。





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