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昔あけぼのシンデレラ 令和落窪物語 第 二十一話 第七章(2)

あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
継母の悪だくみによって監禁された姫の話を聞くや、夫の右近の少将は怒りに燃えました。
あのか弱い姫君への仕打ちと北の方の狡猾なやり口に、どうにかしてその鼻をあかしてやりたいところですが、まずは姫を助け出すことが肝心と冷静に中納言家を後にしたのでした。

 北の方の悪だくみ(2)

その頃阿漕は姫を救うためにはなんとしてでもお邸に残らなくては、と三の君へ縋り、訴えておりました。
本当ならば頼りになる夫もおりますし、お金持ちの叔母さんもいるのでいつでもこんな邸は捨てたいところですが、今出て行っては姫を救う機会を失ってしまいます。
北の方は自分の子供たちには非常に甘いので取り込みやすそうな三の君を動かそうと考えたのです。
「三の君さま。私は謂れのないお叱りを受けているのです。どうかお助け下さいまし」
「おちくぼの君のしでかしたことは私達にも恥をかかせたのよ。蔵人の少将さまは使用人の合婿だなんて耐えられないでしょうに」
そんな風に吐き捨てる三の君の顔が醜く歪むのに阿漕は吐き気をもよおすほどの嫌悪感を拭えませんが、今は姫の為に辛抱です。
「私も今回のことで憤慨しておりますわ。惟成は私を裏切っておちくぼの君と通じていたんですもの。私こそ被害者ですのに、北の方さまはお暇を出そうというのです。これまで通り三の君さまにお仕えしたいと思っておりますのよ」
三の君は世間知らずのお姫様なので、阿漕がこのように訴えると、なるほどと納得しきりです。何より働き者で気に入っている女房なので間に入ってとりなしてやろうという気持ちが起きました。
そこへ阿漕を追い出そうと北の方がやって来たのです。
「まだこんなところにいたのかい?もうお前はこの邸の者ではないんだよ。出てお行き」
そこへ三の君が割って入りました。
「ねぇ、お母さま。阿漕は今回のことは何も知らないと申しておりますのよ。今まで通りに私の女房として使ってもよいでしょう」
「お前はどうしてもこの阿漕には甘いのだねぇ」
「だって阿漕だって裏切られていたのですもの。気の毒じゃありませんか」
北の方は溜息をつきましたが、おちくぼ姫をまんまと閉じ込めたことですし、次の策を用意してあるので阿漕がいくら小賢しく立ち回ってももはや何も変わらないという自信があるのです。
「仕方ないねぇ。今回は見逃してやるけど私は騙されないからね」
最後の言葉は阿漕に対して向けられた牽制の言葉なのでした。
阿漕はその冷たい目つきにぞっとしました。
しかし大切なお姫さまを助けるためには勇気を奮い起こして立ち向かわなければならないのです。
「北の方さま、ありがとうございます」
阿漕は腹の中を探られまいと、深々と額づきました。
このようにしおらしく従うように見せながらも、必ずや、と心を強くした阿漕なのでした。


日が暮れて、何も知らない右近の少将が中納言邸にやってきて、阿漕から事件のあらましを聞き、言葉を失いました。
あの愛らしい姫君が北の方の策略でひどい目に遭っていると思うと、いてもたってもいられません。
いっそすぐにでも乗り込んで中納言に身分を明かし、姫を助け出したいところですが、うまくいくかどうか。
「阿漕、もしも私が右近の少将で、姫に通ったのが私と明かせば中納言は納得するかな?」
「どうでしょう。あの北の方は取り繕うのがうまくて。これまで姫を虐待していたのも中納言さまに気付かれないよう巧みでしたから」
「うむ」
「名乗り出ても、姫をすぐに連れ出せないのであれば何をされるか。。。そんな恐ろしい方なんです」
今出て行っても何も解決しそうにありません。
何しろここは中納言のお邸で少将には惟成と供として連れてきた少年のみ。自分の正体を明かしたところで結婚を認めてもらえるかどうか。
少将はいずれ出世する自信はありますが、現時点では中納言より位が低いのです。
「私達の恋路はなんと困難であろうか。阿漕よ、せめて姫に必ず救い出すと伝えてはくれまいか。あの人を励ましてあげておくれ」
「かしこまりました」
阿漕は衣擦れするような着物を脱いで、足音を忍ばせながら納屋に近づきました。ちょうど見張りの者もどこかに行っているようです。
「お姫さま、大丈夫ですか?」
声を潜めて呼びかけると、姫は戸の近くににじり寄りました。
「阿漕なの?」
「はい。今は幸い見張りがおりませんので」
「阿漕、いったい何が起きたというの?」
「北の方が大殿さまにあらぬ嘘を吹き込んだようですわ」
「わたくしはどうしたらよいのでしょう」
姫は泣いているようでした。
「少しでもお顔を見られればよろしいですのに」
阿漕も涙ぐみました。
「お姫さま、あちらに少将さまがいらしてます」
「ああ、お会いしたいけれど、もう二度と叶わないかもしれないわ」
「御心を強くお持ちください。少将さまはお姫さまを必ず救い出してくださると私にお約束してくださいましたのよ。あの少将さまですもの、きっとそのお言葉に嘘偽りはありませんわ。信じましょう」
少将のあの凛々しい御姿を思い浮かべると愛の為に生きようという気力が湧き起こるようです。
「なんてうれしいお言葉なのでしょう。わたくしも信じて耐えなければならないわね」
少将と出会う前の姫であればすべてを諦めてしまっていたかもしれません。しかし何も無かった姫に大切な愛する人ができたのです。その御方の為に強くなろうという意志も芽生えているのでした。
「阿漕、少将さまに伝えておくれ。少将さまを心から信じております、と」
「お姫さま、また隙を見て参りますから。どうか気をしっかりお持ちくださいね」
「ありがとう、阿漕」
阿漕はずっとこの戸の側に居たかったのですが、いつ見張りが戻ってくるかもわかりませんので、何度も後ろを振り返りながら自分の部屋へと戻ったのです。

「お姫さまは少将さまを信じます、と仰ってましたわ」
少将はあの可憐な愛しい人がどんなにか心細いであろうかと思うと胸が詰まります。そして一方ではこんな仕打ちをする北の方を決して許すまいと意志を堅固に立ち向かう気力を奮い立たせました。
「阿漕よ、私は戻り、姫を救い出すための人員を集める。お前は邸が手薄になる頃合いを知らせておくれ。そして何より姫を支えてあげてほしいのだ」
「もちろんですとも」
惟成は自分の失策からこのようなことに陥ったと深く反省して申し訳なさそうにしております。
「少将さま、申し訳ありません。私が迂闊だったもので」
「惟成よ、お前のせいではないぞ。あの北の方の気性を考えれば遅かれ早かれこうした事態になっていたであろう。それよりお前の立場も一層悪くなった。もう蔵人の少将の元へは戻らず私に仕えよ。よいな」
「は、これからは少将さまとお姫さまに心から仕えさせていただきます」
阿漕はそうして惟成を温かく迎える少将の器の大きさと冷静な判断力にやはり後には国を動かしてゆくであろう風格を感じました。
奇しくもこのような危機的状況に陥り、姫と少将、少将と惟成そして阿漕、この四人の絆が強く深まったのでした。





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