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昔あけぼのシンデレラ 令和落窪物語 第二十二話 第七章(3)

あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
継母の悪だくみによって暗い納屋に監禁された姫のですが、北の方はもう次の一手を講じておりました。
なんと邸に寄生しているみすぼらしい老人と姫を結婚させて、身分高い夫と別れさせようという作戦です。
なんとひどいことを考えるのか、と阿漕の目の前は真っ暗になりました。

 北の方の悪だくみ(3)

翌朝になり、阿漕の元へ少将から姫あての手紙が届けられました。
それを渡せば姫も励まされると喜びましたが、丸一日食事も水も与えられていないのが心配でなりません。
女童のお露を台所に行かせて握り飯を調達したものの、納屋の外には屈強な男が見張りについているのでどうやって渡したらよいか思案のしどころです。
「どうやってこのご飯を渡したらよいかしら」
ううん、と唸る阿漕を心配そうにお露が覗きこみます。
その純真な瞳を見て閃きました。
「そうだわ。三郎君に協力してもらおう」
北の方とて人の親、ましてや一番可愛がっている末息子にはかなうまい、と阿漕は考えたのです。
幸い三郎君は優しい姫によくなついていたのできっと役に立ってくれるでしょう。
庭で鞠を転がしていた三郎君を見つけた阿漕はさっそく声をかけました。
「三郎坊ちゃま、助けてほしいことがあるんですの。おちくぼのお姉ちゃまが酷い目にあっているのをご存知ですか?」
「ええ?お姉ちゃまがひどい目に?」
「そうなんです。何も悪いことをしておりませんのに納屋に閉じ込められてご飯も食べさせてもらえないんですわ」
幼いとはいえ母が大好きな姉をこっぴどく叱っているところを何度も見てきた三郎君です。可哀そうになってなんでもしてあげようと思いました。
このような幼子でさえ人を慈しむ心があるものを北の方はどうしてああまで冷酷になれるものか、と阿漕には不思議でなりませんが、今は姫の為に動くことが先決です。
三郎君に耳打ちすると握り飯と手紙を渡しました。
「うまくやってみせるよ」
そう請け負った三郎君は目を輝かせてすぐに姫が閉じ込められた納屋へ向かいました。
「やい、お前。そこを開けてくれよ」
三郎君は見張りの大男に難癖をつけてだだをこね始めました。
困った男はただおろおろとするばかり。
泣きわめく三郎君の声を聞きつけて何事かと中納言と北の方がやって来ました。
「うわぁん、僕の大事な靴がしまってあるのに、こいつったら意地悪して開けてくれないんだぁ」
中納言も末息子を目に入れても痛くないほど溺愛していたので、
「よしよし、今開けてやるからな」
そう手ずから錠を外しました。
三郎君はしめたとばかりに納屋に飛び込むと物を探す風をしながら声を潜めて姫に呼びかけました。
「お姉ちゃま、どこ?」
「三郎ちゃんなの?ここよ」
暗がりに姉を見つけると三郎君はしーっと人差し指をたてながらこっそりと握り飯と手紙を渡して何食わぬ顔で出ていきました。
「変だなぁ。ここにしまったはずなのに見当たらないや」
残念そうな顔の息子を尻目に北の方は、
「まったくしようのない子だねぇ」
と、さっさと鍵を掛けました。

うっすらとしか光の差さない汚らしい納屋に閉じ込められた姫は心細く感じておりましたが、必ず救い出すという少将の言葉と阿漕の励ましに勇気づけられました。
しかしそんな健気な姫に追い打ちをかけるように北の方は次の手を用意していたのです。
中納言邸には北の方の叔父・典薬助(てんやくのすけ)という六十歳過ぎのお爺さんが世話になっておりました。
名前の由来である典薬というのは典薬寮のこと。つまり医学を司る寮に所属する者という意味ですが、この老人の位は低く、宮廷に仕えるような身分ではありませんでした。
財産もないので、北の方の機嫌をとって邸に置いてもらっているのですが、好色で女性たちからは嫌われている厄介者なのです。
北の方はこの典薬助とおちくぼ姫を結婚させて、身分高い男と別れさせようと画策していたのです。
なんと非道なことを思いつく北の方でしょうか。
北の方はこの策略を夫に知られるのはまずいと思い、自ら使用人たちの起居する部屋へと出向きました。
「叔父さん、あんたにいい話を持ってきたわ。このまま独り身も可哀そうだから、おちくぼの君をあんたにあげますよ」
「なんとお姫さまをわしのお嫁さんにくれるというのかね?」
「今晩行ってこっそりと結婚してしまいなさい」
北の方はそう言うと納屋の鍵を典薬助に渡しました。
典薬助は北の方からおちくぼ姫との結婚を許されて大喜びです。
あんなに美しく若い姫を妻にできるなんて、ぱっとしない人生にこれほどの華やぎがありましょうか。
北の方の思惑など推し測る必要もなく、これほど嬉しいことはないのです。
機嫌よく浮かれて鼻歌まじりの典薬助は姫のいる納屋を確かめようとやってきたところで阿漕とばったりと会いました。
「おお、阿漕ちゃん」
「あら、典薬助さん。たいそうご機嫌ですのねぇ」
「そりゃぁ、気分も良くなるってもんさ。お前さんもじきにわしを主人と呼ばなくてはならなくなるからね」
「それはどうした次第でございましょう?」
阿漕はこのいやらしい老人が大嫌いでしたが、何事か放っておけないと勘が働きました。
「今夜おちくぼのお姫さまとわしは結婚するんじゃ」
聞かされた阿漕は真っ青になりますが、早くこの目の前の危機を姫に伝えなければなりません。
「典薬助さんのような頼もしいお婿さんはお姫さまにぴったりかもしれませんわね。でも今日はお姫さまの母君の御忌日ですので、今晩のご結婚は無理ですわ」
何食わぬ顔で嘘を言って、この老いぼれ爺さんを牽制しました。
「なぁに、わしと結婚すれば忌日も祝日に変わろうというもの。何より北の方さまと大殿さまがお許しなのだから問題あるまい」
「でもそれでは神仏の罰を蒙りますわ」
阿漕は尚も食い下がりましたが、典薬助は意にも介さずにまた機嫌よく去って行きました。


北の方の策略にどうして人の道を外れたような行いができるものか、と阿漕は怒り、姫がますます不憫に思われてなりません。
夕暮時に人がいないのを確認して阿漕は納屋に近づき、北の方の策略を姫に告げました。
「お姫さま、大変です。北の方は今夜お姫さまと典薬の爺さんを結婚させるおつもりですわ」
「なんですって」
姫はあまりのことに目の前が真っ暗になりました。
「阿漕、わたくしはそうなったら少将さまに顔向けできないわ。いっそ今死んでしまおうかしら」
「お姫さま、それはいけません。今夜は私も参りますから、なんとか二人で危機を乗り越えましょう」
阿漕には中納言がこの結婚を許したとはどうしても思えないのです。
きっと北の方の独断であると踏んだので、今宵は見張りもなくこの納屋に近づけるのではないかと考えました。
「きっと神仏が御護りくださいますわ。けして諦めてはいけません」
阿漕は精一杯姫を励ましました。





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