見出し画像

昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十二話 第四章(3)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
まさかの右近の少将の訪れに姫は驚き、みすぼらしい姿を見られたことに恥じ入ります。
姫に恋をした少将ですが、姫が自分を受け入れてくれるのか?
阿漕に励まされますが、やはりおちくぼ姫は継母が恐ろしくて縮こまっておりました。 

 石山詣で(3)

薄ら闇にかすかな衣ずれと高貴な香が漂い、姫は何者かが入ってきたのを感じ、狼狽しました。
「どなたかいらっしゃるの?」
少将は姫を驚かせないように、身を低くして優しく語りかけました。
「私は先日からお手紙を差し上げていた藤原道頼という者です。少しお話をさせてください」
静かににじり寄る気配に、姫は顔を隠す扇も持っていないのでとっさに袖で顔を隠しましたが、少将はその美しい顔をはっきりと見ました。

なんと、これほどの美女は今までに見たことがない。

おちくぼ姫は見知らぬ男性の出現で気が動転してしまいました。
世慣れた女房なら気の利いた事でも言って、相手を押しとどめる術もあったでしょうが、姫は男性といえば父親しか知らない無垢な娘です。
しかも相手の少将は身分も高く、立派な身なりで、姫はボロボロに擦り切れた袴に薄汚れた単衣姿であるのが、死ぬほど恥ずかしく、今にも消えてしまいたい思いで泣き伏してしまいました。

阿漕は姫の部屋の方から格子戸を開けるような音が聞こえたのを不審に思いました。
「まさか・・・少将さまがいらしてるんじゃ」
勘の良い阿漕は惟成をきつくにらみました。
「きっと気のせいだ、鼠だよ。寝よう」
惟成はとぼけましたが、少しするとかすかに姫のすすり泣く声が聞こえて、阿漕は男たちの企みを知ったのです。
「何てことを、あたしのお姫さまに。ひどいわ、あんたたち」
「少将さまは素晴らしい御方だからきっとお姫さまを幸せにしてくれるよ」
「なにが幸せよ。お姫さまは泣いていらっしゃるじゃない」
阿漕は姫がどんな思いをしているかと考えただけで、悲しくてたまりません。
涙が次から次へと溢れてきて、惟成の胸を力いっぱい何度も叩きました。
惟成は阿漕をなだめて、機嫌を直してもらおうと思ったのですが、阿漕は夫に裏切られたような気分でただ泣き続けるのでした。

「あなたの御心を傷つけるようなことは致しません。せめて私の胸の裡を聞いていただきたくて参ったのです」
少将は静かに姫を抱き寄せると囁くように言いました。
「あなたはこの世を辛いものばかりだとお考えのようですね。それは愛し愛されることをご存じないからだ。どうか私を受け入れてください。あなたを幸せにしてさし上げたい」
姫の涙はとまりません。
何よりも自分のみすぼらしい姿を立派な少将に見られたのがショックなのです。
「わたくしを哀れと思って下さるのならばどうぞこのままお帰りください」
「私をお嫌いだということですか」
「こんな身だしなみも整えておりませんのに、恥ずかしくてわたくしは身の置き場もございませんわ。何も考えられません」
たしかに化粧もしておらず、つぎのあたった粗末な着物を身につけた姫には失礼なことをしてしまった、と少将は少し反省しました。
姫がどんなボロを着ていても化粧をしていなくとも充分美しく心優しい人であるというのはわかっておりますが、女心はそれとは別のものなのでしょう。
「じきに夜も明けますね。よろしい、私はこのまま帰ると致しましょう」

君がかく 泣き明かすだに かなしきに
 いとうらめしき鶏のこえかな
(あなたが泣き明かしている様子が悲しくてたまらないのに、鶏の声で夜が明けて、あなたを置いていかなければならないのもまた悲しいですよ)

おちくぼ姫は涙に濡れながら答えました。

人心 うきには鳥に たぐへつつ
     泣くよりほかの は聞かせじ
(あなたの心が辛くて、鳥よりも私の方が泣くよりほかにございません)

その姿が愛らしく、少将は自分の単衣を脱いでそっと姫にかけてあげました。
これは平安時代のならわしというか、想いあう者が衣を交換していつでも相手を身近に感じられるように行ったものです。
少将はさりげなく粗末な身なりの姫に気を遣ったということになりましょうか。
姫の方はというと返す衣もなくて、ただただ恥ずかしく、少将が帰られた後も塞いで寝込んでしまいました。

夜が明けて、阿漕の元には右近の少将から手紙が届けられておりました。
後朝(きぬぎぬ)の文といって男性が暁に別れた恋人へ贈る手紙のことです。
阿漕は自分も一緒になって姫を騙したと思われるのが辛くて仕方ないのですが、このままというわけにもいかないので、暗い面持ちで姫の元へとやってきました。
「お姫さま、少将さまからお文でございます」
そう語りかけても姫は何も答えずに布団から出ようともしません。
思った通りに御心を傷つけられたのだわ、そう思うと阿漕はまた涙が溢れて堪えることができませんでした。
「今更ですが、私は何も存じませんでしたのよ。夫の咎は妻も同罪であると言われればそれまでですが、どうして姫さまを困らせるようなことを私がいたしましょうか。私にとって姫さまは誰よりも大事な御方でございます」
姫は阿漕の気持ちを痛いほどよくわかっております。
「阿漕が私を裏切るはずはないもの、わかっているわ。私はこのみすぼらしい形を立派な少将さまに見られたのが死ぬほど恥ずかしくて、情けなくて。お母さまが生きていらしたらこんな思いをしなかっただろうに、と死んでしまいたくなったのよ」
乱れた髪をそのままに目を泣きはらした姫を見て阿漕はまた悲しくなりましたが、のんびりとはしていられません。
「姫さま、少将さまは今夜もおいでになります。ちゃんと身支度をしてお迎え致しましょう。姫さまの事情をよくわかっている少将さまですもの、大丈夫ですわ」
そう姫を元気づけ、髪をとかし始めました。
昨夜の少将の立派な御姿を思い浮べると、あのような方が本当に自分と結婚するとは考えられなくて、姫の気持ちは重く沈みがちになります。
「お姫さま、ともかく少将さまのお手紙をご覧になって下さい」
阿漕が姫の前に広げた手紙にはこう書かれてありました。

 いかなれや昔思ひしほどよりは
     今の間思ふことのまさるは
(どうしたことでしょうか。あなたにお会いしてしまった今となってはまたすぐにあなたに会いたくて、それまでの私はどうやって時を過ごしていたのかすらもわかならないほどに恋い焦がれているのですよ)

横から覗き見た阿漕はそこにある少将の素直な恋心に目を輝かせました。

「まぁ、もうこうなったら少将さまとご結婚なさるべきですわ」
「お義母さまに知られたら大変なことになるわ。わたくしはそれが恐ろしくて・・・」
姫の顔は血の気が引いたように青ざめております。
「お気を強くお持ちください。今まで北の方さまが姫さまの為に何かしてくださったことなどありませんでしたでしょう。このご縁は石山の観音様が導かれたご縁に違いありませんわ。少将さまとお幸せになるのです」
「でも万が一にでも知られたらこのお邸を追い出されてしまうわ」
「お姫さま、少将さまは立派な御方です。きっとお姫さまを迎えてくださるでしょう。こんなお邸はこちらから捨ててやるつもりでおればよろしいんですわ」
人少なもので阿漕はいつにもまして勝気に言い放ちますが、気の弱い姫には親に内緒で結婚など大それたことはできそうにありません。
「お返事は書けないわ」
そう言ってまた伏してしまいました。
阿漕は今夜こそ姫に恥はかかせないわ、といろいろと思いを巡らすのでした。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?