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宇治の恋華 第八章「うしなった愛」解説<前編>

みなさん、こんにちは。
次回、『令和源氏物語 宇治の恋華 第百八十一話 翳ろふ(一)』は6月29日(土)に掲載させていただきます。
本日は第八章「うしなった愛」の章について解説させていただきます。


 頑な大君

故・桐壺帝八の宮の姫君である大君と中君、薫は姉の大君に想いを寄せますが、その心は頑なで、じゃっかんこじらせ気味な傾向があります。
恋も知らず三十路近くまで生きてこられた姫ですので、世間知らずで、八の宮が亡くなられてからは、薫の庇護が無ければ生活も立ち行かないのです。
そうかといって宮家の姫の矜持もあり、薫の望むように己を差し出すことだけはできないとさらに頑なになるばかりです。
大君は薫のことを憎からず想っているものの、素直になれず、しまいには妹の中君と幸せになってほしいという不思議な思考回路の持ち主で、薫にはそれが理解できません。
「中君とわたくしは身はふたつだけど、心はひとつ」
という発想らしいのですが、このことには老い女房の弁の御許も説得できずに手を焼きました。
薫はあくまで律儀な気性ですので、匂宮が想いを掛ける中君を横取りするようなことはけしてできません。そこで、大君を騙して匂宮を中君の元へ通わせました。

 匂宮と中君

匂宮は逢って後は中君を心から愛しく感じますが、通い三日の成婚のその夜に母である明石の中宮に微行を窘められます。それまで気楽に忍び歩きしていた宮の素行が大事な宵に仇になったということですね。
薫の後押しで無事に宇治へ向かうことができましたが、匂宮の立場は悪くなりました。おまけに右大臣の夕霧が匂宮を自分の六の姫の婿にしようと画策して宇治へ通うのを妨害しようとあの手この手を使うわけですが、中君は結婚したことで肝が据わったというか、宮の立場を理解してじっと耐えます。
中君がそうして女性としてしなやかに磨かれてゆくのを傍らにみた大君はいささか心境の変化があったようです。
薫に対して柔軟に接するようになりました。
それでも生来の性格というものはそうそう変わるわけではありません。
大君は何でも思い悩むタイプの人なので、匂宮がなかなか宇治へ通えないことをじりじりと恨みつづけるのです。そしてしまいには薫に八つ当たりをする始末で、なかなか薫も踏み込めず、関係は進まぬままなのでした。
宇治への道行は当時は牛車や馬での通いですので、それは時間もかかり、険しい山道も行かなければなりません。幸い匂宮にはそんなことは出来しませんでしたが、ヘタをすると山賊などに遭って命を落とすこともあるのです。
明石の中宮が息子の身を案じて外出禁止としたのは当然のことだったでしょう。しかし、中宮は息子の見方をするべく中君を二条邸に迎えるよう応援してくれるのです。やはり慈悲深い方ですね。
中宮は中君を正式な妻と認めれば息子が落ちつくのではないか、と考えられましたが、お気楽で傲慢な王子は後に浮舟のことなど色々とやらかしてくれますね。

 大君の病

薫に京の三条邸へ移る提案をされ、大君は悩みます。
中君は匂宮を夫としたのですが、自分は薫の囲われ女のように世間では見られるのではないか、と突然吹いてきた風に慄いているのです。
老い女房の弁の御許にしてみれば、中君に匂宮、大君に薫とはこれほどの組み合わせはないと思われるのに、大君は素直に首を縦に振らないのです。
大君も間違いなく薫を慕っているのに、一体何が問題であるのでしょう。
こじらせ女子の気持ちは私にはよくわかりませんが、大君いわく「亡き父を弔い、宇治で一生を終えるのが私の勤め」ということらしいです。
大君は匂宮がなかなか宇治に来られないことに悩まされ、心を削る余りに食も細り、とうとうふっつりを意識を失くしてしまうほど憔悴してしまいました。
大君が倒れられたと聞いた薫は公務を放り出して宇治へと赴きます。御簾越しに見る大君は痩せて、心弱くなっておりました。薫は毅然と姫君達に京へ移っていただく志を示し、大君も同意しました。ここに至り、幸せな兆しが見えるようで、大君も素直に従い回復しようと努めます。
大君の容体が回復していると聞いて薫も安心しますが、運命は残酷な結果を迎えることになるのです。

明日は、後編を掲載させていただきます。


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