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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十六話 第八章(1)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
これまで感じたことのない幸せに恵まれて、夫のために縫物をするのは喜びに満ちております。
しかし、夫である右近の少将はあの意地の悪い継母に絶対復讐しようと執念を燃やしているのでした。

  四の君の結婚(1)

年が改まり、二条邸では新春を祝う和やかな雰囲気に包まれておりました。
姫はこれまで何年も存在を無視され続けてきたので、母君が亡くなって以来の楽しいお正月ということになります。
側に愛する夫が居てくれて、信頼できる阿漕やお露と美味しい料理を食べて祝えるのが嬉しくて、ますます幸せを噛みしめているのです。
少将は新年早々姫に挨拶しました。
「新しい年になりましたね。あなたといつまでも健康で幸せにいられますように。千尋」
「あなた、新年もどうぞよろしくお願いいたします」
姫も穏やかに笑顔を返しました。
少将が語尾に呟いた「千尋(ちひろ)」とは、その言葉の通りに行く末長く続いてゆきますように、という意味を込めたおまじないのようなものです。新年の挨拶には必ずこうして先々を言祝ぐ習慣がありました。
「今日は参内してお主上に年賀のご挨拶を申し上げる予定です。
その後は宴になろうと思いますが、適当に抜けて帰ってきますからね」
そうして少将が身につけた直衣は姫が心を込めて縫い上げた上等なものです。
姫ももう昔のようなボロではなくて、この人に良く似合う美しい綾織物を身に纏っております。春に寄せて紅梅を思わせる艶やかな襲がなんても匂うばかりに美しいのです。
そんな麗しい姿を見るにつけても少将は嬉しくてなりません。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
はにかんで見送る新妻の姿の眩しいこと。
かつて結婚を毛嫌いしていた少将ですが、これほど満ち足りたものだとは思いもよらず、身も心も落ち着いて宮中での仕事をこなしているので、その優れた様子は群を抜いております。
少将の姉姫は帝の寵愛を受けてときめいておられますので、これまた左大将家の威勢は上がるばかりです。
それに比べて源中納言家はおちくぼ姫が出奔してからあまり良いことがありません。自慢の婿君・蔵人の少将も、近頃の衣装の出来映えがよろしくないと愚痴ばかりこぼしております。
妻の三の君は我儘な姫だったので、それにかこつけて蔵人の少将の足が遠のいているのが本当のところのようですが、夫婦仲はすっかり冷めきっている様子。
おちくぼ姫を虐げていた継母・北の方は何とか起死回生できる手はないかと思案し、やはり末姫・四の君に当代一といわれる右近の少将を娶わせたいと強く望むようになりました。
この時代、女性側からの強いアプローチというのは、家の釣り合いなどからなかったこともないのですが、中納言家の申し込みはかなり執拗だったようです。
当の右近の少将はこの申し込みに
「さて、どうしてくれようか」と、不敵な笑みを浮かべております。
少将は北の方をぎゃふんといわせてやりたいと思っていたので、この縁談をうまく利用しようと考えているのです。
おちくぼ姫はどんなに過去のことを尋ねられても北の方の仕打ちのことなどは一言も洩らしませんでしたが、勝気な阿漕は違います。
少将は典薬助の一件などもすべて漏らさずに聞いて、阿漕と共に復讐心に燃えていたのです。
許す気などさらさらないところに縁談を持ち込まれるとは、まさに飛んで火にいる何とやら、これを逃す手はないでしょう。
ある時、縫物をしている姫の傍らに寛いでいた少将は仄めかしました。
「姫、いつぞやの私と四の君との結婚話を覚えておられますか?中納言家からまだ申し込みがうるさくてね。いっそ替え玉でもたててしまいましょうか」
少将が愉快そうなのに阿漕も大喜びです。
「それは面白そうでございますわ。なにせあそこの姫君たちときたらお高くとまって感じ悪いんですもの。思いっきりみっともない方を替え玉に仕立てて差し上げたらいかがでしょう。あの方たちはちょっと痛い目を見たほうがよいのですわ」
「阿漕、およしなさい。あなたもそんな意地の悪いことをおっしゃらないで。四の君にはなんの関わりもありませんのよ。可哀そうですわ」
「お姫さまは本当にお人がよろしいから」
「わたくしは今本当に幸せですからもうよいのです」
少将はそんな姫の心根を尊いと思いましたが、このままではどうにも溜飲が下がらないのです。
「あなたがそう言うならこの縁談はお断りしましょう」
そう上辺は引き下がりましたが、後で阿漕を呼んで相談しました。
「おい、阿漕。さっきの替え玉の件、なかなかであろう?」
「お姫さまには申し訳ないですが、北の方さまの悔しがる顔が目に浮かびますわねぇ」
と、にんまり笑うので、少将も復讐を決意しました。
「よし、姫が心を痛めるので内密にするが、これからはこちらも反撃に出るとしよう」
そうして少将は中納言家に結婚を承諾した旨を伝えたのです。


中納言家は少将の色よい返事を聞いて一気に明るさを取り戻しました。
三の君の婿・蔵人の少将もそれを聞いて喜びました。
「彼とは仲がいいから、一緒に連れだってこの邸を訪れるならばうれしいな」
今回の縁談がまとまればすべてが万々歳、と北の方は大喜びです。
すぐにでも結婚をと急いで準備を始めましたが、それにつけてもおちくぼ姫がここにいれば婚礼衣装の采配も困らずに済んだものを、と勝手な北の方は悔しくてならないのでした。





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