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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十七話 第八章(2)

  あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
毎日が幸せでありがたい日々です。
しかし、夫である右近の少将はあの意地の悪い継母に絶対復讐しようと心に決めておりました。そこに縁談話とは渡りに船。
偽物の花婿をしたててやろうと画策したのでした。

  四の君の結婚(2)

左大将家では、右近の少将の母君が美しい顔を曇らせておりました。
この北の方はおちくぼ姫をいじめていた北の方と違って心優しい人です。
息子の少将が中納言家の四の君と結婚するというので、二条邸に住んでいる嫁(おちくぼ姫)に同情していたのです。
「二条の方が気に入っているのであれば、世間に正妻として公表なさい。たくさんの妻を持つということは、それだけ女性たちを苦しめることになるのですよ」
そう息子を諌めますが、復讐を企てている少将は相手にもしません。
「母上、男は何人も妻を娶ってよいと許されているのですよ。私だけを責めるのはお門違いです」
「まぁ、なんて憎らしい口を叩くのでしょう」
少将の母はおちくぼ姫を気の毒に思い、優しく文などを交わす折にも、嫁の美しい手跡を眺めては、まだ会ったこともない姫に仄かな愛情が感じられるのでした。息子の不実を申し訳なく思い、自分だけは嫁の味方であろうと心を配られるのです。
少将は優しい母を欺くのに良心の呵責を覚えましたが、二条の姫君に好意を持ってくれているようなので、いずれ事の仔細を明かす時が来れば許してくれるに違いないと信じているのです。


少将と四の君の結婚が三日後に迫った日、少将は従兄弟の兵部の少輔(ひょうぶのしょう)の家を訪れました。
少輔は家に引きこもり気味の青年で、その日も部屋で布団をかぶってまどろんでいました。
少将の訪れを聞いても布団から出ようともしない無精者なのです。
「陽がこんなに高いのに寝ているなんてもったいないぞ。まぁ、果報は寝て待て、ともいうけどね。現に私が果報を持ってきたというわけだ」
と、少将は無理やり布団を引きはがして久しぶりに従兄弟の顔を見ました。
「いったい何のことです?」
現れた顔というのは、やたらに色が白くて、鼻の穴が大きな間延びした面でした。醜いという言葉を通り越してむしろ滑稽で、この馬のような顔を揶揄して世間では『面白の駒(=馬)/おもしろのこま』とあだ名されているのです。
生まれ持ったものを揶揄されるとは不幸極まりない話ですが、それを気に病んだ少輔は家に引きこもりがちになっていたのです。
「君も引きこもってばかりでは人生味気ないだろう。今日は君によい縁談を持ってきたのだよ」
少将は人好きのする笑みで快活に話しかけました。
お察しの通り、少将は替え玉の婿君にこの『面白の駒』をあてて、北の方の鼻をあかしてやろうと考えたのです。
少輔は愚鈍なところがあるので、何も考えずに結婚できることを喜び、少将に教えられる通りに結婚の支度を始めました。
仕込みは上々、あとは結果を待つばかり。
些か胸の痛みを感じますが、もしや四の君と少輔の相性がよく幸せな結婚となるかもしれないではないか、とお気楽な少将なのです。
少将が従兄弟の邸を出る頃には空からちらちらと雪が舞い降りて来ました。
「冷え込むと思ったら雪か。惟成、早く邸に戻ろう」
「かしこまりました」
牛車がゆるゆると進む中で、少将は邸で待っている姫を思い浮べました。
こんな寒い夜に帰るべき家路があるということはなんと心が温まる幸せなことであろうか、としみじみと感じるのです。

姫も寒空を眺めて夫の帰りを待ちわびておりました。
少将が戻ると姫が火桶の傍に寄って灰をかきならしながら物思いに耽っていたようです。
「いったい何を考えていたのだね」
「お帰りなさい、あなた。こんなにゆったり時を過ごせるのが不思議な気がして」
姫は灰の上にさらさらと書きました。

   はかなくて消えなましかば思うとも
(もしもあの辛かった時に命を絶っていたらと考えてしまいます)

少将はふっと真顔になって灰に書きました。

   いはでをこひに身をこがれまし
(その想いを言わずにいたら恋に身を焼かれて私も灰となって後を追ったでしょう)

少将はさらに詠みました。

 埋火(うづみび=炭火)の いきてうれしと 思ふには
      わがふところに いだきてぞぬる
(この炭火が燃え残っているのが嬉しいと思うように、私はあなたが生きてくれていて嬉しいと思わずにはいられません。いつでもあなた(炭火)が愛しくて抱いて眠るのですよ)

「まぁ、炭火を抱いて眠るなんて危のうございますわ」
「なにそれで燃えても悔いはないというものですよ」
少将は姫を抱き寄せて、くすくすと笑いながら寒い夜を温かく過ごしたのでした。





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