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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第三十一話 第十章(1)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
夫の中将はこれまで物見遊山などしたことのない姫君を労ってあげようと清水寺へ詣でることにしました。するとやはり悪縁があるのか、まさかの中納言家北の方ご一行とかち合ってしまいました。
もちろんこの機会を中将が逃すはずがありません。
何とか仕返ししてやろうと使用人をけしかけるのでした。 

 中将の仕返し(1)

年が明けた時には、今年こそはまき直し、と気合をいれていた中納言家の北の方ですが、どうにも物事はうまく運ばず、四の君は馬面男の子供を身籠ってしまいました。
はたと何かに憑かれているのでは、とふと思い立った北の方は清水寺へ詣でることを決めました。
北の方は自分のそれまでの行いを顧みることもなく、ただただ何者かが悪い、憑かれている、と解釈しているようですが、これでは神仏も味方をしてはくれないでしょう。
兎も角も以前の石山詣でのように威勢のよい頃のものとは違い、ひっそりと願を掛けに出かけるお忍びの旅ですし、清水寺は近いので一両の牛車に娘たちと同乗して女ばかりで若干窮屈しながら出発しました。
しかしやはり無理だったのでしょうか、牛が年老いていることもあり、なかなか牛車の歩みが思うように進みません。
もとよりうまくいかない時には何をしても裏目にでてしまうものなのです。
坂に差し掛かると牛がヨタヨタと、ただもう足踏みをしているばかり。
そんな抜き差しならない時に後ろから立派な牛車を何輌も連ねた一団が現れました。折悪くそこに差し掛かったのは、三位の中将一行だったのです。
「前の牛車は何をやっているのか。動けないようならどいてもらえ」
という中将の指示の元、先触れが中納言家のボロ牛車に道を避けるように伝えましたが、気の強い北の方は譲るつもりなど毛頭ありません。
そのふてぶてしい態度もさることながら、牛車が中納言家の北の方の物だとわかると、おちくぼ姫と中将を敬愛する忠実な家来たちは「ここで会ったが百年目」とばかりに力ずくで牛車を横に押しやり、溝へ車輪を落とし込んでしまいました。
通り過ぎる際には、
「老いぼれ牛が駄目なら『面白の駒』に車を引かせればよいものを」
と、これみよがしに侮辱していきます。
その筆頭となったのが、衛門の夫・惟成であることは、言わずともおわかりになるでしょう。
「中将といえば、四の君の婿にしようと思っていたかつての右近の少将ではないの。どうして私たちに意地悪をするのかしら。悔しいったらありゃしない」
北の方はものすごい形相でギリギリと歯を食いしばりながら罵りましたが、身動きがとれないのでどうしようもありません。
壊れた車輪を直し、ほうほうの体で清水寺に辿り着くと、中納言家が予約していた御堂の間は中将家が貸し切っておりました。
清水寺は観音信仰の霊場です。
平安時代には貴族の女性たちに開かれた寺として、一晩中僧房に籠り、祈りを捧げるのが流行しました。
北の方もそのつもりで僧房を予約していたのですが、何しろ中将家は大所帯で、御堂はすでに占拠されておりました。
「ここは我が家で予約した場所ではありませんか。どうしてあちらの方々に譲らなければならないのですか?」
北の方は怒り心頭です。
「もっと早くにお越しにならなければ。知らせもありませんでしたし、なにせあちらは今を時めく中将家ですよ。張り合おうとなさってはいけません。心穏やかにあらねば御仏の功徳も得られませんぞ」
困った大徳(=お坊さん)がそう諭すので、北の方たちは仕方なく牛車の中で寿司詰めになりながら夜を明かすことになりました。
狭い車内で横になることも出来ず、一睡もできるはずがありません。
その様子を聞いた中将はいい気味だと思いましたが、姫を不潔な納屋に押し込めて食事も与えなかったことを考えるとまだ足りぬ、と冷徹に考えるのです。

北の方たちが疲労を滲ませながらご祈祷を済ませ、早々に帰ろうと出立すると、また後ろから「どけどけ」と中将家の一団がやってきたので、再び車を溝に落とし込まれては大変、と北の方は道を譲らざるを得ませんでした。
すれ違う時に
「懲りたか?」
と、涼やかな声(中将の声)が聞こえて、北の方はもう悔しくて、悔しくて・・・。
「誰が何を懲りるものか!」
そう憎々しげに答えたのです。
さてもまぁ気の強いことよ、と中将は同情する気持ちも失せてしまったのでした。

邸に戻った北の方は夫の中納言に聞きました。
「三位の中将に恥をかかされたのですが、どうしてあの方は私たちに辛く当たるのでしょう。あなた、心当たりはないのですか?」
すると中納言は目をしょぼしょぼとさせながら言いました。
「宮中にてお会いする時には、それは気を遣って私に優しい言葉をかけてくださる好青年だが、なにかの間違いではないのか?四の君との結婚も途中で立ち消えになったので諦めたと言っていたぞ」
中納言は中将に好感を抱いている様子です。
中将としては北の方のいいなりになっていた中納言を年老いている故と同情して、もっぱら復讐のターゲットは北の方と決めているようです。
しかし二人は夫婦ですので、いずれは中納言をも苦しめることになるでしょうが。。。
さて、中将の復讐はまだ始まったばかりです。
どうやって復讐するかは決めかねておりますが、数々の悪行をそう簡単には許せるはずもないのです。
そんな折に中納言家の三の君の婿・蔵人の少将が中将の妹姫に文を送ってきたことから、北の方と一緒になっておちくぼ姫を虐めていた三の君を懲らしめる時が来た、と中将はにやりと笑みをこぼしました。

折よく父の左大将は息子の友人である蔵人の少将の為人を確かめるべく、中将を邸へと呼びました。
二条の邸で独立した中将は久しぶりに父君にお会いすることになります。
父君もお一人の北の方に愛情を注ぐ誠実な御方で、その息子の中将もまっすぐで素直な性格ですので関係は至って良好なのです。
「父上、ご無沙汰しております。お変わりはありませんか?」
「うむ。道頼も元気そうだ。どうやら二条の人は優れた人であるらしいな」
左大将は次の大臣にもなろうという大した御仁です。人を見る目も確かで、つやつやと健やかで快活な息子の様子に嫁が行き届いた女人であろうと察せられたのです。
「はい、それはもう。私は幸せ者ですよ」
「いずれ正式にお会いしなければな」
「近いうちに必ず場を設けましょう」
「そうそう。お前を呼んだのは双葉の縁談について、蔵人の少将のことをな・・・」
左大将は末娘への縁談の申し込みを明かしました。
「なるほど。蔵人の少将は源中納言家の三の君と結婚しておりましたが、どうやら縁を切ったみたいですね。人柄は人当たりもよく頭もきれます。近頃の公達の中では優れていると思いますが。父上は入内などお考えですか?」
「そこが思案のしどころよ」
左大将はそうして口を噤みました。
今上には中将の姉君がすでに女御として入内されております。
入内ということならば東宮に嫁がせるのがよいのですが、すでに左大臣の姫が寵姫として華々しくときめいていらっしゃるのです。
「父上、双葉はなんと言っています?」
「うーむ、あの子は少し自由に育てすぎたか、お転婆なところがあるからのぅ、宮仕えは嫌だと申す」
「たしかに・・・。やはり蔵人の少将と縁組する方が向いているかもしれませんね。私が後で双葉と少し話してみます」
「そうしてくれるか」
「おまかせください」
いくら中将がおちくぼ姫の復讐に執念を燃やしていても、可愛い妹が不幸な結婚をするのは賛成できません。しかし、中納言家の三の君の婿という立場が無くなった今となっては、友人として、同僚として蔵人の少将はとても気さくで優秀な男なのです。
妹の双葉姫は御座所で草紙を読んで寛いでおりました。
「双葉、しばらくぶりだね。元気だったかい?」
「お兄さま、おひさしぶりですわ」
双葉は年頃の娘らしく明るく輝いた笑顔を見せました。
「ずいぶんときれいになったものだな。それに少し落ち着いたかな。もう嫁に行く年頃とは早いものだ」
「お兄さまこそ、なんだか幸せそうだわ。きっと二条の方はいい奥様なのね」
「父上にも同じようなことをいわれたよ。私はそんなに幸せそうかい?」
「ええ。大事な奥さまの為に右大臣家の縁談を速攻で断った、って聞きましたわよ。かっこよくて、さすがお兄さまですわ」
「なんか照れるな。でも、結婚と言うのは思ったよりもよいものだったのだ」
「あら、お兄さまからノロケを聞かされる日が来るなんて(笑」
双葉姫は兄のこの変わりように、結婚というものに興味を覚えました。
「ねぇ、お兄さま。蔵人の少将さまってどんな御方?」
「まぁ。世間では私の次にいい男、という評判だよ」
双葉姫はこのチャーミングな兄君が大好きでした。
「わたくしはその方と結婚したら幸せになれるかしら?」
「双葉、それは夫婦がお互いに努力をしなくてはいけないよ。蔵人の少将は私が童天上の頃からの友だが、まあ、いい奴だ」
「そう」
双葉姫は兄君が幸せそうであるのを心底羨ましく感じました。
愛し愛されて仲良く添う兄夫婦のようになりたい、と蔵人の少将の求婚を受け入れることに決めました。

左大将家の許しが出て、蔵人の少将は大喜び。
そうして蔵人の少将の結婚の噂は瞬く間に知れ渡り、相手が中将の妹姫であることを聞いた中納言家の北の方の悔しさといったら、もう。
「またしてもあの三位の中将の差し金かえ?」
顔を真っ赤にして怒りました。

結婚の準備が着々と整い、約束の日に蔵人の少将が左大将家を訪れると、中納言家以上に豪華で、もてなしも格別です。
蔵人の少将は贈られた衣装の素晴らしさにも目を瞠りました。
これはおちくぼ姫が姑である左大将の北の方に頼まれて精魂込めて縫い上げた装束でしたから当然のことでしょう。
何より嬉しかったのは、妻となるその人。
しっとりとした美女で、教養も高く、素直に優しく笑う姫は蔵人の少将の心をしっかりと捕えて離さないのでした。
あの中納言家のわがままな三の君と比べたら、同じ女人でもこうも違うものなのか、と蔵人の少将は思い、新妻に浮気はするまい、と固く誓ったのです。
友人をこちら側に引き入れることが出来て中将は願ったり叶ったり。
妹も幸せそうにしているので左大将のお邸はますます華やかに栄えてゆくのでした。





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