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昔あけぼのシンデレラ 令和落窪物語 第三十二話 第十章(2)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
賀茂祭が開催されようというその日、姫は夫の父君でいらっしゃる左大将家からお誘いを受けました。
そのお腹にはすでに子供が宿り、義母にあたる母君も美しく優しい方でした。
そんな幸せの裏で中納言家には気の毒な出来事が・・・。
またもや中将の仕返しなのでした。 

 中将の仕返し(2)

春も盛りの四月になると賀茂祭という大きなお祭りが催されます。
そんな時に中将の母(姑)からおちくぼ姫に一緒にお祭りを見物しましょう、というお誘いがありました。
「ありがたいお誘いですが、こんな見苦しい様子ですもの。恥ずかしいわ」
そう言って姫はふっくらとなったお腹をさすります。
幸せに包まれて、姫のお腹には子供が宿っているのでした。
「なぁに、私たちは家族ではありませんか。母も妹もあなたにとても会いたがっているんですよ。よい機会だから出かけてみなさいな」
中将が勧めてくれたので姫は思い切って誘いを受けることにしました。

当日左大将家は見晴らしのよい場所に桟敷を設けて、ゆったりと見物ができるよう配慮してありました。
賀茂祭りというと一年に一度の大きなお祭りです。
その行列が練り歩くのを普段邸奥に暮らしている女人達は楽しみにしているのです。
楽人が笛を奏でながら舞人はそれぞれの衣装を艶やかに纏って馬にて練り歩き、その面の誇らしい、眩しいことといったら、輝かんばかりに美しいのです。
女房たちなどにしてみれば内裏に務めなければ垣間見ることのできない雅な世界と美しい公達を目の当たりにできるのですから、これほどうれしい催し物はありません。
おちくぼ姫も噂にばかり聞いて、初めて目の当りにする世界を珍しく楽しく思いました。以前の落窪の間から出られぬ身ではありえなかったことでしょう。
おちくぼ姫は衛門に手を引かれ、弁の君と少納言の君をひきつれて、しずしずと中将の母と妹の双葉姫の前に姿を現しました。
慎み深い上品な物腰、何よりこれほどの美女とは思ってもいなかったので、中将の母はとても驚きました。
「やっとお会いできたわね。道頼の母です。これからどうぞ仲良くしてくださいね」
「お義母さま、いつもお気遣いのお手紙をいただきましてありがとうございます。お会いできて光栄ですわ」
「お義姉さま、兄君がいつもお世話になっております。妹の双葉ですわ。改めまして美しい婚姻の衣裳をありがとうございました」
「本当によく仕立てられた装束だったわ。ありがとう」
「お褒めいただき、うれしいですわ」
優雅に頭をたれる嫁の人柄は季節の折々に文を交わしていたので申し分のないことを義母は心得ております。
「大事な御子を宿されていらっしゃるので、無理はなさらないでね」
「お義姉さま、どうぞこちらにいらしてゆったりなさってくださいませ」
衛門に代わり、双葉姫が桟敷の見晴らしがよく、それでいて居心地の良さそうな場所に手を引いて案内してくれました。
義理の母は上品で心優しく、妹姫は明るくて気立てがよい様子。なんてすばらしいご家族なのだろうとおちくぼ姫は感銘を受けました。
皆で和やかに祭りを堪能して、双葉姫もすぐに姫に打ち解けました。
「お義姉さま、今日は二条のお邸には帰さなくてよ。お兄さまは放っておいてうちにお越しください。もっとたくさんお話がしたいわ」
そう左大将家に誘うので、姫は中将が生まれ育った邸に招かれることになりました。
実の継母や姉妹でさえ言ってくれなかったことを偽りもなく表してくれるのが嬉しくて、姫は豊かなこの方々に癒されるように思いました。
父上である左大将も立派な人柄で、姫に優しく接してくれました。
「ようやく姫にお会いできましたね。いや、あなたには感謝を伝えたかったのだよ」
「わたくしにでございますか?」
「道頼はずいぶん男として成長したようでね。これも姫の内助の功であろう。これからもよろしく頼むよ」
「わたくしこそ、ふつつか者でございますが、行く末長くよろしくお願い致します」
そうして深々と頭を垂れる姫を左大将は考えの深い賢い娘であると、とても気に入ったようでした。
そこに当の息子の中将がやってきました。
「こちらにいましたか、姫」
「あなた、今日はこちらで過ごさせていただきます、と遣えをだしましたのに」
「あなたのいない二条の邸になんて戻る気もしませんよ」
「まあ」
父君の左大将は息子がしっかり妻君の尻に敷かれている様に、可笑しくて吹き出しました。
「姫、どうやら息子はあなたがいないと生きていけないようですよ。幸せなことだね」
「父上、なんとでも仰ってください」
拗ねるような息子に左大将は囁きました。
「奥方を引き立てるのが家庭円満の秘訣ぞ。よい姫と巡り会えたな。美しく、賢いうえに夫想いの良妻ぞ。何より大切なわが孫を宿しておる。家運繁栄の要であるぞ、大切になさい」
そして大事な孫が無事に産まれるように、と頼りになる中将の乳母を引き合わせてくれたのです。
この人は惟成の母で、右大臣家の姫と中将を結婚させようとした張本人ですが、実際におちくぼ姫に会ってみるところりと心を入れ替えた模様です。
「まぁ、素晴らしい奥方さまですこと」
姫の人柄と優れたありようにすっかり魅了されて、このような姫だから中将は一途に愛されるのだわ、と納得したようです。
「さすが私がお育てした若さまですわ。よい北の方を見つけられて」
まるで自分の手柄のように素晴らしい姫君を得たことを褒めるので、息子の惟成が母の変わり身の早さと調子のよさに恥ずかしくて辟易しているのがまた笑いを誘い、左大将家には笑みが絶えないのでした。
こうして姫が正式に嫁として認められ、左大将家にすっかり馴染んで大切にされている裏側で、賀茂祭りでは大きな騒動が起こっていたのです。

時は遡り、姫達を先に送り出した中将が両親に顔を見せようと左大将家の桟敷に向かう為に車を降りようとすると、一台のボロい牛車が打っておいた杭を無視して停めてありました。
中将の家臣たちはわざわざ早起きして場所取りをしていたので大層憤慨しました。
「そこは中将さまが車をお停めするように場所を取って置いたのに、なぜわざわざはみ出して停めているのだ」
中将家の雑色たちは、不快に思ってその車をどかそうとしましたが、あちらの雑色も負けてはいません。
「ここがいいと主人が言っているのだ。少しぐらいはみ出したってかまわないだろう」
雑色は気の荒い者が多いので、この小競り合いは何やらあやしい方に向きそうな気配です。
「一体あのずうずうしいボロ牛車はどこのものだ?」
中将が誰何すると、側近の惟成が、源中納言の北の方のものだそうですよ、と耳打ちしました。
「そういえばあのよぼよぼの牛にも見覚えがあるな」
中将はいつぞやの清水参りを思いだしたようです。
外からはさらにヒートアップした雑色達の争う声が聞こえてきます。
「中将と偉そうにしていたって天下の公道すべてを自分のものと主張することはできまい」
と、あちらの者が言うと、
「うちの御主人をお前のところの主人と一緒にするな。こちらは今飛ぶ鳥を落とす勢いの中将家だぞ」
そう応戦して収まりがつきそうにありません。
しばらくすると、みすぼらしい老人が間に割り込んできました。それはあのおちくぼ姫を我が物にしようとした典薬助なのでした。
「まぁまぁ、みなさん。事を荒立てるのはやめましょう?おめでたいお祭りの日ですぞ」
典薬助は北の方のご機嫌をとろうとして、のこのこ出てきたのです。
「殿、あれが典薬助ですよ」
と、惟成が中将に告げました。
「うーむ、あやつが・・・」
御簾の隙間からその蟇蛙のような容貌を認めた中将は怒りが込み上げて来ました。
「惟成、あの爺を叩きのめしてやれ」
まさにここで会ったが百年目、です。
中将は老人と言えど、北の方に唆されて、かよわい姫を力ずくで妻にしようとしたこの男を許すことが出来なかったのです。
「老いぼれが引っ込んでろ」
惟成は雑色を扇動して典薬助に向かわせました。
若い男たちに囲まれた典薬助は殴られたり、蹴られたり、もうボコボコです。
辺りにはもうもう土煙が立ちこめて、さぁっと風が視界を開いた時には、典薬助は道の端でぼろ雑巾のようになっておりました。
北の方は恐怖に震え上がり、その場を去ろうと車を出させました。
その時です。

「どぉんっ」

と、ものすごい大きな音が辺りに響き渡りました。
一体何が起きたというのでしょう?
北の方の視界がぐるぐると回ったかと思うと、真っ青な空が目の前にありました。
どうやら中将家の雑色の一人が車輪と車の本体を繋ぐ轅(ながえ)の綱を切り、北の方の車の胴が地面に落ちてしまったようです。
そして中にいた北の方だけが外に転がり出てしまいました。

「あぁれぇ~」

北の方は恥ずかしさのあまり扇で顔を隠して悲鳴を上げました。
白昼堂々顔を晒してしまったうえに、牛だけが先に轅をからからと引いていく様子は滑稽で、周りの見物人たちは大笑いです。
北の方は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、なんとか車の中に這い戻りました。
「あぁん、おぉん。悔しいったらありゃしない」
とうとう大声で泣き出してしまいました。


賀茂祭りでの騒動を後で聞いたおちくぼ姫は北の方が気の毒で、自分の為にこのような目に遭っているのかと思うと、何とかして夫を止めたいと思うのでした。
「可哀そうなお義母さま」
そんな心優しい姫を励ますつもりで口を開く衛門ですが、同情なんて少しも出来ないので励ましになりません。
「お姫様、あのお邸で虐待されたことを忘れてしまったのですか?北の方は身から出たサビで罰を受けているのですわ」
「衛門は殿と気が合うのね、いっそあちらにお仕えしたら?」
「ようございますとも。ついでに殿さまの復讐のお手伝いも致しましょう」
そんな衛門を見て、おちくぼ姫はまたひとつ深い溜息をつくのでした。





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