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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第三十三話 第十一章(1)

あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
玉のような若君の誕生があらたなる幸せを呼び込んできたようです。
夫の中将は中納言へと昇進し、父君の左大将は右大臣に上り詰めました。
それに引き替え中納言家ではよいことがひとつもありません。
そこで新しい邸を新築してみなで引っ越しをしようということになりました。
   

露見(ところあらわし)(1)

大切な子供を授かったおちくぼ姫はさらに夫に大事にされて幸せに暮らしております。
七夕には星を眺め、中秋の十五夜には夫と共に名月を愛でて歌を交わし、重陽には菊に綿を被せて長寿を祈りました。
そして年が暮れる頃にはお腹は大きく臨月を迎えて、新しい命の誕生を待つばかり。惟成の母である中将の乳母が二条邸にやって来て、出産に必要なものを揃え、赤ん坊を迎える準備を整えてくれたのが心強くあるのです。

そして年明けの十三日には玉のような男の子が誕生しました。
母子ともに異常もなく、中将はお産を終えた姫を優しく労いました。
「元気な若君を産んでくれてありがとう。あなたと出会えて私は本当に幸せだよ」
「わたくしこそあなたに出会えたことで人生が輝くばかりに豊かになりましたわ」
中将家に若君が誕生してからすぐ後の春の司召(つかさめし=位の任命)があり、中将は中納言に、父である左大将は右大臣に、妹姫の婿である蔵人の少将は中将にそれぞれ昇進しました。
父と祖父が一挙に昇進したことから、まるでこの若君が幸運を運んできたように思われて、ますます愛おしまれるおちくぼ姫と若君なのです。

おちくぼ姫の夫と実父である源中納言とはこれで位が同じになりましたので、区別しやすいように便宜上姫の夫・道頼のことを『藤中納言(とうのちゅうなごん)』と呼ぶことにします。

おちくぼ姫は自分が幸せに恵まれれば恵まれるほど、父の源中納言はどうしていることか、と考えずにはいられませんでした。
もうかなりの高齢なので、ここに自分が元気で幸せに暮らしていることを知らせてあげたいのですが、夫である藤中納言は「まだその時期ではない」とよい顔をしないので、賢い姫はそれ以上何も言わないでいるのです。

懸案の源中納言家はどうしているかといいますと、あの北の方は病人のようになっておりました。
三の君は離婚してしまうし、四の君は馬面男を夫にするし、清水寺に参ってもいいことはなく、賀茂祭では公衆の面前で大恥をかいてしまったからです。
しかしこのままで終わる北の方ではありません。
以前は元気に悪だくみをしておりましたが、どうにか家に居ついている疫病神を追い払いたいと一念発起。
もしかして家相が悪いのかと考えて、いっそ引っ越しをしたらどうかと閃きました。
目の前にやるべきことが見つかると、おのずと気力も回復して、はや邸を新築することが楽しみになります。
「大殿さま、たしか三条にある邸は手つかずになっていましたね。あそこに新しい邸を建てて、みなで引っ越しましょう。素晴らしい邸に建て替えればきっと運も向いてきますわよ」
北の方の提案に源中納言もその気になりました。
「三条の邸はおちくぼが母親から譲り受けた物。地券(土地の権利証)はあれが持っていたはずだが」
「おちくぼの君がいなくなった後には何も残っていませんでしたよ。地券があってもあの邸を維持するような財力も無いでしょうから、かまいませんよ。あそこに立派なお邸を建てましょう」
そう言って、北の方は建築士を呼んでさっそく相談を始めました。
普段はケチな北の方ですが、ここぞとばかりに満足のいく邸を建てるために、荘園から上がる二年分のお金(=二年分の収入)をつぎ込んでの大規模な普請に取り掛かったのです。
その甲斐あって、半年後には源中納言の北の方がお金と時間をたっぷりかけて作り上げた三条邸は、それはそれは立派な御殿へと生まれ変わりました。
建っている場所ももともと皇族であるおちくぼ姫の母上のものだったので、閑静で趣のあるところです。
この邸に引っ越せばすべてが良くなると北の方は信じて疑いませんでした。

三条邸が出来上がった頃、衛門が三条邸のことを聞きつけてあわてて姫の元へやって来ました。
藤中納言も一緒にいたので、ちょうどよいところです。
「殿、姫さま、大変です。源中納言家が姫さまの持ち物である三条邸に家を新築して引っ越そうというのです。あそこは姫さまのお母様が『母宮の思い出の場所だから手放さないでおくれ』と言い残した大切なお邸ですのに」
藤中納言はすかさず聞きました。
「衛門、地券(土地の権利書)は手元にあるのか?」
「もちろんございますとも」
衛門が胸を張って答えると、藤中納言はまたもやにやりと笑いました。
「それでは源中納言家がいつ引っ越すのか探って来なさい」
衛門は心得たとばかりに二条邸をあとにしました。
おちくぼ姫はまたもや何やら良からぬことを考え付いたであろう夫を諌めます。
「あなた、もう復讐はおよしになって。わたくしが心苦しいわ」
「まぁまぁ、これで最後ですよ」
そういう夫を信じることしか、今の姫にはできません。
実家から救い出されてもう何年も時が過ぎています。
父はすでにかなりの年齢のはず、今頃どのように過ごされているのか、一目会って孝行を尽くしたいと姫は思うのですが、それはまだ先のことになりそうでした。

さて、衛門が源中納言邸に探りを入れて、一か月後に引っ越すということがわかりました。
「そうか、一か月後だな」
「お殿さま、如何致しましょうか」
「うむ、ちょっと考えていることがある。衛門、協力してくれ」
藤中納言はごにょごにょと衛門に耳打ちしました。
「なぁるほど、それは面白いかもしれませんわね。あの北の方の性格ならば絶対黙っておりませんわ」
そうして二人はにやりと笑みを交わしました。
「姫がまた心配するといけないから、準備はお前がぬかりなく頼むぞ」
「かしこまりました」





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