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令和源氏物語 宇治の恋華 第二百二十三話

 第二百二十三話 山風(三)
 
僧都は妹尼の御座所を退出すると出家された姫の元へと向かいました。
小野の風はすでに晩秋から冬のそれへと変わりつつあります。
この山里の冬は厳しく、まるで外界から遮蔽されたように孤立して寂しいものです。
このような場所であの可憐な姫君が暮らしてゆけるものか。
先刻妹が危惧したようにお勤めを全うできないでは観音さまにも申し訳も立たぬことよ。
此度の件は一概に妹尼を責められるわけではありません。
何しろ本人は姫と中将を娶せることが姫の幸せと信じて疑わなかったわけですので、極端ではありますが母性がここまで盲目的に働いた故と、愚かではありますが悪意のないことなのです。
女人とは生まれながらに罪障の深い生き物であると御仏は説かれるが、命を育む存在であるからこそ愛の深さゆえに執着から逃れられぬものか。
そうであるならばそうした愛をも拒絶する姫にはいったいどんな辛い過去があったというのであろう。
渡り廊で足を留めた僧都は立ち枯れた梢に乾いた音を立てる枯葉を見つめて、もはや姫はこの色の無い世界に生まれ直したのだ、と己に言い聞かせました。
今はただ御仏に心を寄せて生きるよう諭してあげようと考えるのです。
 
姫君はといいますと、ちょうど数珠を片手に経を読んでいるところでした。僧都は遠慮してしばし障子の傍らに控え、その様子に耳を傾けました。
若々しい女人の読経は耳に慣れないものでしたが、よく練習を積んでいるようで難しい下りも淀まず詰まることもないのは姫が真剣に御仏に向き合っていられるのであろう、と僧都には感じられるのです。
読経が済むと僧都は声を掛けられました。
「尼の姫君、少しよろしいかな」
「僧都さま、ようこそお越しくださいました」
「経を聞かせていただきましたが、よく学ばれておられますな」
「わたくしなど尼君さまにはまだまだ及びませんもので、恥ずかしいばかりでございます」
「真剣に取り組んでおられるのは声音でわかりますとも。今はただ心平らに日々お勤めに励まれることですよ」
「はい、僧都さま」
浮舟はようやく己の欲しかった言葉をかけてもらえて心が静かに凪いで癒されてゆくのです。
 
わたくしの贖罪はまだ始まったばかりではあるけれど、毎日の行いを積み重ねていつしか罪を雪ぎたい。
 
浮舟の贖いとは母君に対する不孝の罪か、薫君を裏切った不義の罪か。
「そうそう、中宮さまから下賜された織物がございましてな。これをあなたに差し上げますので、法衣を新調なさるとよい」
そうして箱から取り出した羅(うすもの)や綾は尼君の為に抑えた色調ではありましたが、壮年の尼君たちには些か色目が華やかであるものの、この姫君にはまことよく似合うように思われて、僧都はまさかこの姫の為に中宮さまが下されたわけではあるまいに、と首を傾けて不思議に思うのでした。
「姫の尼君、私があなたを尼にして差し上げました。その縁を以て私の命が続く限り御身をお世話致しましょう。あなたは御心のままに修行なさいませ」
「ありがとうございます。僧都さま」
額づく姫の殊勝な姿はやはり観音菩薩に護られた人らしく清いものです。
やはりこの人を無理に縁付けさせるなど酷なこと、と僧都は姫の庇護を誓ったのでした。

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