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令和源氏物語 宇治の恋華 第百十四話

 第百十四話  姫宮のご降嫁(二)
 
匂宮に男御子が誕生したと聞いた貴族達は我先にと祝いの品々を二条院へと届けました。後に帝となられるかもしれぬ御方の機嫌をとろうと皆必死なのでしょう。
匂宮は両腕にすっぽりと納まる我が子があくびをしたり指を握り返してくる様子がかわいくて仕方がありません。
「なんとかわいいのであろう。このように小さい手が愛いことよ」
「きっと宮さまに似て美丈夫になられますわ」
「そうなると嬉しいな」
素直に喜ぶ夫の姿を見て中君も永らえた己の運の強さを噛みしめました。
「あなたのおかげでこんなに可愛い子を授かったよ。ありがとう」
そう言う宮ににっこりと微笑み返す中君は慈しみ深い母の顔をしております。
「早く回復するように滋養のあるものを用意させよう」
「宮さま、御方さまは少し休まれたほうがよろしいですわね」
「うむ。では、私は客人をもてなすとしようか。先程から山のように贈り物が寄せられているのだよ。あなたが起きられるようになったら品々を一緒に見ようではないか」
「はい」
平安の貴族は子供が誕生すると三夜、五夜、七夜、九夜とお祝いをしました。
平安時代は現代とは違い医術が発達しておりませんでしたので、お産が命がけであるならば生まれた子が無事に育つ可能性というのも極端に低いのでした。
産養い(うぶやしない)というこの習慣は産まれた子が恙なく育つようにという願いも込めて行われたものです。
親族たちから食べ物や衣服が贈られ盛大に宴が開かれるわけですが、三、五、七、九と奇数日に行われたのは奇数が陽数と言われ陽は万物を生成させることから縁起を担いで定められました。
現在のお七夜はこの名残りになります。
 
三夜は匂宮と邸の者たちで内々に祝いを行いました。
これは無事に子を産んだ中君を労う為のものでもあります。
そして五夜は中君の後見人である薫大納言によって主催されました。
薫君からの贈り物は屯食(とんじき=お握りのようなもの)五十具、碁手の銭(碁の賭け銭)、椀飯(おうばん=椀に盛ったご飯と料理)と世間並みのものに加えて衝重(ついがさね=御膳に盛った料理)三十に桧破子(ひわりご=桧で作った容器)にはお菓子などが盛り付けられて届けられました。他に赤子の産着やこまごまとしたものまで揃えて贈られるのがさすが後見たらしく卒のない気配りぶりです。
七夜は母后である明石の中宮が催されるということで二条院に集う貴族達も多く、にぎやかな宴が始まりました。
日頃より匂宮を寵愛する父帝も大変喜ばれ、
「宮が親になったからには祝わずして何とする」
そう蒔絵の凝らした守り刀を下されました。
楽の音が響き渡り、祝い歌などがほのかに漏れ聞こえるのを幸せな気持ちで耳を傾けていた中君の元へ匂宮が宴を抜け出してやって来ました。
「聞こえるかい?貴族達が集まって祝ってくれているのだよ。父上からは立派な守り刀を若君にいただいた」
「まぁ、ありがたいことですわ」
帝から祝いを賜るとは、中君は一転して晴れがましく扱われるのに未だ実感は湧きませんが、宇治に引き籠っておればこのような日が来たとは考えられなせん。己の運命の転変に驚くばかりです。
 
さて九夜の催しに名乗りを挙げたのは夕霧の左大臣でした。
御子が生まれたのは二条院の御方の元ですが、匂宮こそは我が家の大切な婿君であるよ、とその存在を知らしめるように心ならずも盛大に催され、中君はそれを不思議に思いつつも、ようやくこの二条院に受け入れられたように思われてほっと安らぎを感じるのでした。



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