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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第二十九話 第九章(1)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
夫は出世し三位の中将を賜った当代一の貴公子。
貴族ならばあのような婿を迎えたいという声も多く、時の右大臣もぜひに、と密かに縁談は進んでおりました。
少将は自分の知らぬところでの話は承服できぬ、とただ一人の妻である姫だけを愛すると宣言したのでした。  

 中将のまこと(1)

三位の中将は帝のおぼえもめでたく優れた青年でしたので、どこの家でも婿にと望んでおりましたが、当人は寄せられる縁談を軒並み断るという堅物ぶり。
中将は二条に住まわせているただ一人の女性に誠を尽くし、守り続けている素晴らしい青年だということで益々株が上がっているのです。
時の右大臣にも大切な一人娘がおり、一介の父親としてはそんな貴公子が娘を娶ってくれればこれほどのことはない、と心裡では考えているのでした。
右大臣の姫ともなると世の男性たちの憧れの的であります。
大きな右大臣という後ろ盾を得られるばかりではなく、その秘蔵の姫とあらばさぞかし容姿端麗で教養の高いことであろう、と野心のある若者達には眩しい存在なのです。
実際に右大臣の姫君はたいそう美しく、賢い御方だという噂で、その噂を聞きつけたお主上も入内を促されているようです。
娘を目に入れても痛くないほどに可愛がっている右大臣としては、宮仕えに出して苦労はさせたくないというのが本音。
帝のお后というと、女の園で何かと気にかかることも多く、親としては優れた貴公子に嫁がせて大切にされた方がよいと考えてしまうところでしょう。
よもや右大臣の姫を粗略に扱う者はおりませんでしょうから。
三位の中将がするようにもしも自分の娘もそのように大切にしてもらえるならば、これほどの婿はいないであろう、と右大臣は駄目で元々といった気概で縁談を申し込みました。

この縁談に大喜びしたのは中将の乳母(惟成の母)です。
乳母は中将が断ってくれと頼んだのにも関わらず、話を進めてしまえば中将も従うだろうとたかをくくっておりました。
男としてはこれほどの話をみすみす逃すことはなかろう、よもやみすぼらしい北の方を守り続けるなど乳臭いことをいつまでも言わぬであろう、と睨んだのです。
そして右大臣家との婚姻の話を進めたのでした。
人の噂というものは密かにあっという間に広がるもので、中将と右大臣の姫の結婚話はおちくぼ姫の耳にも入りました。
右大臣の姫と結婚されれば大きな後ろ盾ができて、中将ももっと出世されるに違いない、そうおちくぼ姫は聞かなかったことにしようと胸の奥に心をしまい込みました。
「お姫さま、噂というのはあてにならないものでございます。殿さまにかぎって他に奥さまを娶るなんてことはなさいませんよ」
阿漕は姫の心がよくわかっているので、元気づけようと必死です。
「でも殿の御意志ではどうにもならない家同士の関係ということもあるでしょう。わたくしのことは大丈夫ですから阿漕や惟成は殿を責めるようなことをしてはいけませんよ」
阿漕はさっそく惟成を動かしてこの結婚話に抗議してもらおうと思っていたので、先手を打たれて悔しく感じます。
それでも納得できないもので夫に事の真偽を確かめようと思いました。
「ねぇ、あなた。殿さまが右大臣の姫君と結婚されるというお話は本当なの?」
「え?そうなのかい?私はそんな話は知らないぞ」
「まぁ、ではやはりただの噂だったのね。お姫さまが騒がないようにと言っていたけれど正解だったわね」
「殿がそんなことをするはずないだろう。私と同様、奥方一筋ってわけさ」
おどける夫に阿漕は安堵しましたが、そうした動きのない所に煙は立たないものなので、頭の隅にこの話は置いておこうと用心するのでした。
右大臣家とはっきり名前が出ているあたり、どうにもただの空事とは思えないのです。やはり気になった阿漕が使用人たちのネットワークを駆使していろいろと話を聞きこんで来ると、どうにも右大臣家と左大将家では婚姻の準備を進めているということです。
これは姫君の知らないところで中将さまは結婚されるのだわ、と阿漕は身分高い貴族というものの儘ならぬ事情を察したのでした。

せっかくお幸せになれたというのに、苦労の絶えないお姫さま。

阿漕は姫の言いつけどおり、中将を責めることをしませんでしたが、顔を合わせると嫌味のひとつでも言いそうになるので、この頃はあえて中将を避けるようになりました。
中将は二条の邸の雰囲気がどこかおかしく、愛する姫も顔は笑っていてもどこか寂しげであるのを不審に思いました。
そんな姫の様子がどうにも隔たりのあるような気がして、何を気に病んでいるのか聞きますが、姫は「そんなことありませんわ」と、いつも柔らかく返すだけで何も話そうとはしません。
阿漕に尋ねようにもするりと逃げてしまい、常と違うことだらけなのに首をひねっているのでした。
こうなれば・・・
「惟成、お前は何か知っているのだろう」
惟成は顔色を変えましたが、中将が自分にも知らせずに右大臣の姫と結婚しようというのを非難できるはずもないですし、なんと答えてよいのやら。
「まぁ、お忙しい身でしょうからしばらくはこの二条のお邸に来られるのはお控えになってはいかがでしょうか」
惟成は気をきかせて言ったつもりですが、中将には謎が深まるばかりです。
「お前、はっきり物を言えよ。何が何だかさっぱりわからないではないか。だいたい自分の邸に来るなとはどういうことなのだ?」
「そうお怒りにならないでくださいよ。中将さまが右大臣の姫君とご結婚されるということはもう公然のことなのですから」
「何?私が誰と結婚するって?」
「ですから右大臣の姫君と」
「それは、ばぁやに断ってくれと・・・。む? 惟成。父上の邸に行くぞ」
「はは」
これはのんびりと牛車で向かうような事態ではないと判断した中将は、馬を支度させて騎乗しました。
左大将の邸に到着すると、乳母が待っていましたとばかりに迎えました。
「若さま、結婚は明日の夜ですからね」
本人の知らないところで日取りまで決まっていたことには驚きです。
「その話は断ってくれと言っただろうに」
「こう申しては何ですが、奥方さまは<おちくぼ>とか呼ばれて頼りない身分だという話ではありませんか。当世風の習いならば立派な家の婿になることこそ男の幸せでしょう」
乳母は良かれと思って進めた縁談なので食い下がります。
「古臭くて結構。<おちくぼ>だろうが<あがりくぼ>だろうが、私の妻はあの人だけです。妻に出世させてもらおうとは思いませんよ。それよりも先方に大変な失礼をしたものだ。責任を取ってばぁやが今回の話は断ってくるのだぞ」
中将は目前に迫った格上の結婚話を軽く蹴飛ばしました。
「もう一度よく考えてお答えを出してくださいまし」
「ばぁやは私が頑固なのを知ってるだろう」
惟成は中将をさすが我が君と尊敬しました。
相手が自分の母親と言えど、ここで主人に加勢しなければ男が廃るというものです。
「お母さん、殿の心映えの尊いのがわからないのかい?大切な奥さまひとりを守るという男の純情がさ。あんまりしつこいと、御仏にも申し訳ないから息子の私が坊主になるしかなくなるよ。今すぐ髪を剃ってやる」
と、剃刀を持ち出して母親を諌めました。
「お待ち、わかったわよ。一人息子のお前を出家させるなんて、縁起でもない。断ってくればよいのでしょう」
乳母は深い溜息をつき、ようやくこの縁談を諦めました。
元はといえば己の撒いた種。明日中将が右大臣家へ行かなければ、相手の姫君に恥をかかせることになりますし、事が大きくなる前に収集しなくてはなりません。
乳母は左大将に仔細を報告すると、行き違いのあった謝罪の文を持参し、詫びの品々を携えて、渋々右大臣家へと向かいました。

「こうしてはいられない。早く姫の元へ急ぎ、誤解を解いて安心させてあげなくては。行くぞ、惟成」
「かしこまりました」
そうして馬で邸を後にする息子の姿を、なんと頼もしくなったものだ、と父君の左大将は好もしく見送ったのでした。





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