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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第三十話 第九章(2)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っていたおちくぼ姫はとうとう愛する夫に救い出され、新しい生活が始まりました。
あらためて姫に愛を誓う夫の姿に、幸せのあまりうれし涙を流すおちくぼ姫。
信頼する阿漕を女房頭に据えた中将の邸は使用人も増えてはなやいでいきます。

  中将のまこと(2)

姫はぼんやりと庭の梅の花を眺めているところでした。
梅の花は「歳寒三友」と呼ばれ、松、竹と共に寒さに耐える花木として知られております。
常盤樹と呼ばれる松は厳しい雪の中でもその鮮やかな緑を変えることはなく、凛と天に伸びる竹は風雪にも負けないのです。
そして梅は「百花の先駆け」と言われるがごとく、厳寒のうちにも花を開かせるので、春はまだ先であるとわかっていても、梅の高雅な薫りが漂うことで人は春を知るのでした。

わたくしもこの梅のようにしなやかに、寒さに耐える気概をもたなくては。中将さまにはもう充分にさまざまな素晴らしい物をいただいたわ。
愛も勇気も人を信じる尊さも。
もっと強くならなければ。
姫はそんなことを思いながら梅を愛でているのでした。

そこに中将が現れました。
一刻でも早く姫を安心させたくて、馬を惟成に任せて庭先から急ぎ階に足をかけました。
「姫、私は他の女とは結婚なんてしませんよ。それを気に病んでいたのでしょう?」
「そんなことありませんわ」
「たとえ帝の姫を賜るといわれても私は断るよ」
中将は最愛の姫君を抱きしめました。
嬉しさのあまりに姫の瞳から美しい涙がこぼれ落ちたのは言うまでもありません。
「あなたを泣かせることなどけしてしないと誓ってきたのに泣かせてしまったね」
「これは嬉し涙ですもの、あなた」
その様子を見た阿漕と夫の惟成も、こんなに愛情深い絆で結ばれた夫婦はそうはいない、としみじみ感じたのでした。


中将は後で阿漕を呼ぶと、にやりと笑って言いました。
「阿漕よ、今回の縁談のことで私に腹をたてていたのだろう?」
「そんなことはありませんわ」
阿漕はかぁっと顔を赤らめました。
「それでよいのだ。いつまでも姫の味方でいておくれ。そうだ。私の信頼の証に阿漕に全女房を統括し、家内の全般を仕切る女房頭としての権限を与える。家内のことはすべてお前の裁量に任せる。名前も『衛門(えもん)』と改めるがよかろうと思うが、どうかな?」
「まぁ、光栄ですわ。忙しくなりそうで大歓迎ですわよ」
そうして主従は信頼を益々深めたのです。
阿漕改め、衛門はまず優秀な女房をたくさん集めることにして、中納言家に仕えていた「弁の君」と「少納言の君」という女性たちを引き抜くことにしました。
この二人はおちくぼ姫に優しく接してくれた人たちで、女房としても優れていたのでまず声をかけさせたのです。
今一番ときめいている中将家は使用人の待遇もいいという評判で人気があったので、弁の君も少納言の君も喜んでやって来ました。
「あら、少納言の君。あなたもこちらに呼ばれたのね」
「弁の君。またご一緒できるなんてうれしいわ」
新しい女房たちがずらりと並ぶなかで緊張した面持ちの二人でしたが、ふいに女主人の前に共に呼び出されたので顔を見合わせながらどぎまぎと御前に進み出ました。
「お二方、ようこそ当邸へお越しくださいました。面をお上げになって」
二人がそろそろと顔を上げるとそこには阿漕が居住まいを正して座しておりました。
「まぁ、阿漕さん」
「お久しぶりですわ」
しばらくぶりに会った阿漕は女房たちを取り仕切る立場で、落ち着いて貫録も備わっておりました。
「御無沙汰しております。こちらのお邸では衛門と申しますのよ。実はお二方に引き合わせたい御方がおりまして。このお邸の女主人でございます」
そうして衛門がそろそろと几帳を除けると、懐かしい美しいお姫さまがそこにいたのを二人がどれほど喜んだことか。
その傍らにはお露も控えております。
「まぁ、お姫さま。ご無事でしたのね。お露も」
「幸せにおなりになったのですね。本当によかったですわ」
弁の君は本当にうれしくて、少納言の君と手を取り合って笑い泣きです。
懐かしい面々が揃って昔のことなど話していると、主人の中将が御所から退出してきました。
少しお酒が入ってほろ酔い気分です。
「ややや、珍しい人があるものだ。少納言の君ではないか」
少納言の君はだしぬけに名前を呼ばれたので驚きました。
「昔私は落窪の間に潜んでいたことがあってね。あなたは交野の少将との縁談を姫に薦めていただろう。交野の少将の方が姫を幸せにしたかもしれないが、今となってはね」
そう中将が魅力的に笑うので、少納言の君は困ってしまいました。
「そんな皮肉をおっしゃらないでくださいな」
大人の女性らしく軽くいなします。

「あなたそのお召し物はどうなさったの?」
姫は見慣れない色の着物を中将が肩から被いているのを不思議に思ったのです。
それは着る者が限られている色目のものなのでした。
「ああ、これか?お主上が私の笛の褒美にと下さったものだ。即ちあなたに下されたのと同じこと。慎んでこの御衣(おんぞ)をあなたに進呈しよう」
「あら、わたくしは何も褒められるようなことはしておりませんのに」
「いつでも私のために尽くしてくれているではないか」
優しく下賜の衣を姫に着せ掛けている邸の主人を目の当たりにして、弁の君も少納言の君も心から姫の幸せを祝福せずにはいられませんでした。
何よりもこのお邸は愛に満ちている、それだけで仕える者の心も安らぎ和むというものなのです。
楽しげな笑い声に包まれて、中将家は益々光を増していくようでした。





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