見出し画像

宇治の恋華 第八章「うしなった愛」解説<後編>

みなさん、こんにちは。
次回、『令和源氏物語 宇治の恋華 第百八十一話 翳ろふ(一)』は6月29日(土)に掲載させていただきます。
本日も第八章「うしなった愛」の章について解説させていただきます。


 大君の絶望と死

薫の励ましに回復の兆しが見られる大君でしたが、女房達の噂話を聞いて、匂宮と夕霧六の姫との結婚を知ります。
それは懸命に前を向こうとしていた大君の心が折れた瞬間でした。
大臣の姫君に後ろ盾もない身では妹は打ち捨てられるに違いない、そう大君は悲嘆に暮れて、己を支えることができなくなりました。
そしてそんな残酷な真実をかわいい妹に伝えることなどできずに、また思い悩むのです。
数日のうちにどんどん容体が悪くなり、弁の御許も薫に知らせようと手紙をしたためているうちに、虫の知らせか、薫本人が宇治へと駆けつけました。
まさか大君が死に瀕しているとは。
弱々しく言葉を交わすうちにも、ようやく本当の気持ちを確認し合う二人でしたが、時すでに遅く、大君は中君を薫に託して息絶えてしまいました。
烈しい雪が宇治の景色を真白く染めて、鈍色の喪服をまとう者たちが物悲しい。薫は大君と正式に結婚していたわけではありませんでしたので、喪服を身につけることはできません。
ただ一人鮮やかな紅色を纏うのがなんと皮肉であることか。

 くれなゐに落つる涙もかひなきは
     かたみの色を染めぬなりけり

(私の心は血の涙を流しているというのに、それが何の甲斐あろうか。喪服も着られぬこの身は所詮他人でしかないという事実を思い知り、打ちのめされるばかりであるよ)

薫は自分の直衣が流した血の涙で染まったのか、と思われるほどに深い悲しみを抱えるのでした。

 中君の心情

中君は天涯孤独になってしまった身の上を嘆いておりました。
どうにかして父と姉が迎えに来てくれはしまいか、と思い悩むほどに。
宇治にやって来れない匂宮の立場を頭では理解しておりますが、所詮夫婦など他人なのだ、とどこか冷めた目で自分の置かれた状況を分析しているのです。
中君は息を引き取る間際の姉の幸せそうな顔を見ました。
それは女としての喜びの笑顔でした。
中君は深く嘆く薫の様子に心から姉を愛していたのだと痛感しました。そして、姉の頑なな心は最後に愛を受け入れたのだと悟りました。
中君にはそんな姉が羨ましいという気持ちが芽生えました。
姉の意志を尊重してずっと待ち続けた薫の優しさを改めて感じ、信頼できる人であると再認識したのです。
今になって言葉巧みな匂宮と姉が嫌悪していた気持ちが理解できた中君ですが、すでに匂宮の妻ですので、どうにもなりません。中君は駆けつけた匂宮に逢うことを拒絶しました。
たとえ打ち捨てられることになろうとも、と強い自我が芽生えた瞬間ですね。
中君は元々賢く無駄なことは口にしない女性なので、これより先の匂宮の振る舞いにも落ち着いて対処してゆきます。
姉を亡くして辛い思いをしましたが、自分の立場を理解して、己の行く末を冷静にみつめることのできる女性となりました。

 物の怪のこと

浮舟が入水した所で物語解説に入りましたが、これから先、驚くべき事実が明らかになります。
ネタバレになりますので、知りたくない方はスルーしてください。
浮舟は霊験あらたかな僧に助けられますが、浮舟に物の怪が取り憑いていたことから、入水に至ったと明らかになります。
そしてその物の怪の告白で大君をも死に追いやったことも明かされます。
物の怪は女人に想いを残して死んだ僧ということでしたが、宇治で大君に懸想し、死に至らしめ、瓜二つの浮舟に再び懸想した、というのです。
原典では浮舟を助けてくれた者のこともはっきりとせず、この辺りのくだりはぼんやりとしております。そのようなわけできっちりと定めないとスッキリしません。そこで私はついぞ自分の子と認めなかった父親がこの期に及んで救いにやってきたのだ、ということにしました。
物の怪の正体や救ってくれた者の正体というのは諸説ありますが、私はこのスタイルでいくことにしました。

明日は『光る君へ 第25話を観て』感想文を掲載いたします。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?