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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第七話 第三章(2)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
当代一の貴公子と言われる右近の少将は不幸なおちくぼ姫の境遇を聞くと、どうしても守ってあげたいという同情を抑えきれなくなりました。
早速手紙を送りましたが、おちくぼ姫からはなんの返事もなし。
どうしたものか、と阿漕も頭を悩ませるのでした。

 

 惟成と右近の少将(2)

皇族の血を引く美しい姫君が継母に虐げられている、そう聞くだけでも男としては守ってあげたいという気持ちが起きるものですが、近頃の貴族の姫君はとかくわがままで手に負えないと度々耳にするもので、そのような境遇ならば慎ましやかで心の清い人に違いない、と少将はおちくぼ姫に関心を抱きました。
世に知られていない美女を手中に収める、というのも男としては浪漫を感じるものなのでしょう。
少将はなんとかおちくぼ姫に会えないものかと惟成に持ちかけました。
「おい、惟成。ぜひその姫君を見てみたい。どうにかならないか?召使のいるような場所に部屋があるのだろう。忍び込むにはもってこいではないか」
「妻の阿漕は姫を北の方と迎えてくれる殿方ならば、と譲らないのですが、まさか結婚なさるということですか?」
「そんなことは逢ってみなくてはわからんさ」
まだ恋とも言えず、どちらかと言えば好奇心が先走った興味本位によるところが本当のようです。そんな少将を見てうっかり口を滑らせたと後悔した惟成ですが、時すでに遅し、でしょう。
「それでは阿漕にそれとなく当たってみますが・・・」
いやはや、とこの齟齬に内心汗をかく惟成です。
恋を楽しむ風な少将は、阿漕が望むような姫を北の方と約束する運命の相手とは違うように思われるからです。それは若く、美貌にも財にも恵まれた貴公子のひとつの恋としての戯れのこと。
あきらかに阿漕が望む殿方ではありません。お心を決められれば誠を通してくれる君であると信じますが、それはまだわかりません。
「ぜひ頼むぞ」
惟成の心配をよそに、右近の少将はどのような姫なのかと考えるだけでも胸がどきどきと、足取り軽く自分の御座所へと戻ってゆかれるのでした。

その夜、中納言邸に参上した惟成は阿漕の機嫌が良いのを見計らって切り出しました。
「阿漕、私の乳兄弟の右近の少将さまがお前の大事なお姫さまにお会いしたいと言っているのだが」
阿漕は内心すぐに少将のことを当代一の素晴らしい貴公子だわ、と思いましたが、女の方から簡単になびくようでは姫の価値が下がってしまいますので、顔を顰めて見せました。
「お姫さまはまだ結婚なんて考えもしないでしょう。それにあんなに優しい純情なお姫さまですから北の方にと望んでくれる殿方でなければお断りよ」
そう冷たくあしらいました。
「恋も始まっていないのにすぐ北の方だなんて考えるのはおかしいよ。まずはお互いを知りあってからでなくては」
「あら、ではあなたもそういうつもりで私と結婚したというの?もしそんないい加減な気持ちで結婚したならば金輪際ということになるわよ」
「おいおい、私はお前一筋ではないか」
惟成はまさか自分の身に降りかかってくるとは思わなかったもので、しどろもどろと弁解しております。
「ともかく中途半端なお気持ちならば願い下げですからね」
阿漕は少将をじらして様子を見ようと考えました。
それはちょっと冷たくされたくらいで心変わりする殿方などはなからお断り、という姫を思いやっての行動です。こうした女房の手腕あってこそ、姫の価値が上がり、縁談というものはうまくまとまるものなのです。
一方では阿漕はすぐに姫の元に走り、当代一の貴公子と噂される右近の少将に興味をもたれたことを仄めかして、姫を励ましました。

おちくぼ姫は阿漕の言うことが信じられず、
「わたくしのような者がそんな素晴らしい方と結婚なんてありえないことよ。なにか思い違いをされているのだわ」
と、まるで相手にする気はないようです。
「お姫さまの素晴らしさはこの阿漕がよく存じております。きっとお姫さまだけを大切にして下さる御方と娶わせてみせますわよ。お姫さまの日頃の行いが報われてこの境遇から救って下さる方が現われるはずですもの」
阿漕は一生懸命に訴えますが、そんな夢物語のような話が自分に起こるはずもない、そう姫には思えてなりません。なまじ希望を持つよりは、はなから諦めてしまったほうがよい。人は長年辛い目に遭い続けるとこのように心も委縮してしまうものなのです。
ましてや姫は傷つきやすい女人、へたに希望を持って裏切られることのダメージを何よりも恐れているのでした。

数日後、惟成は本当に右近の少将から文を預かってきました。
意外な事の成り行きにもしも姫が幸せになれるのであればその機会を逃してはならないと気を張る阿漕ですが、姫自身は何かの冗談と手紙を見ようともしません。
「姫さま、どうかこのお手紙をお読みになってください」
「からかわれているのだわ。それよりも縫い物を手伝ってちょうだい」
姫は目の前に山のように積み上げられた縫い物に没頭しておりました。
三の君が結婚したことで縫い物が忙しくてそれどころではない、というのが本音で、恋愛よりも北の方が恐ろしく、この縫い物が出来上がらなければまた酷い目に遭わされると、そればかりが心配な姫なのです。
仕方なく阿漕が文を開いて見ると、美しい筆跡で歌が書かれていました。

君ありと聞くに心をつくばねの
    見ねど恋しき嘆きをぞする
(あなたのように美しい方がいると聞いて、いまだお会いはしていませんが、日々恋しさが募っていくのですよ)

立派な手蹟に優しい詠みぶり。
阿漕はうっとりとして姫に手紙を見せようとしましたが、姫はとりあってもくれないのでした。





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