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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第八話 第三章(3)

 あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
右近の少将は手紙を送っても何のお返事もないことに苛立ちをおぼえましたが、姫が北の方を恐れて萎縮していると聞くや、またもや可哀そうで見捨てることもできません。
これはもう長期戦覚悟と心を決めたのです。
姫はその心遣いに動かされるも、やはり己の境遇では幸せは望めない、と諦めるのでした。

 惟成と右近の少将(3)

少将はおちくぼ姫からの返事を楽しみにしておりましたが、翌日になっても、そのまた次の日も手紙は届きません。
三日経ち、なかなか返事が返ってこないのはどうしたことか、と惟成を呼び寄せました。
「返事が無いというのはどういうことなのだろう?私は嫌われたのか?にしてもやんわり断ってくるのが礼儀というものであろう」
惟成は姫の為人を誤解されてはいけない、と取り繕いました。
「はい、手紙は届いているはずですが。何しろ北の方を誰より恐れて、お姫様は縮こまっているというお話です。それにたいそう手先の器用な御方で美しく装束を仕上げるものですから、北の方が引っ切り無しに縫物を押し付けてくるのだとか。仕事を終える頃には次の日の昼などと、徹夜も頻繁なようです。近頃では着るものにうるさい蔵人の少将という婿も一人増えましたしねぇ」
「ああ、確かに蔵人の少将が宮中で装束を自慢していたぞ。しかし、なんともおかわいそうな姫君ではないか」
実は右近の少将と蔵人の少将は年が近く、殿上童の頃からの幼馴染なので、仲が良いのです。
「そう言えば、蔵人の少将は姫君の姉上の三の君と結婚したばかりだが、どうやらその高慢ぶりに手を焼いているそうだぞ」
「そうですねぇ。三の君さまは北の方さまに良く似ておられるようですな。阿漕が申しますには、姫さまはさすが北の方とは血縁もありませんので、美しく良識も兼ね備えた素晴らしい方であることは間違いないということです。北の方の無理な言いつけにも素直に従う穏やかなご気性で、こちらはやはり皇族であった母君とよく似ておられるようです。しかし、日々の暮らしに追われて、ご自分の未来のことなどお考えになれないということですよ」
「なるほど。それは益々放っておけぬな。姫君を励ますような心持ちで、私も鷹揚にかまえることとしよう。惟成よ、私はそういう気持ちだから、せめて手紙を送るのは止めてはくれるなよ」
右近の少将は心底おちくぼ姫に同情しておりました。
本来ならば蝶よ花よとかしずかれ、わがままを言うのも特権のような貴族の姫君であるのに、召使たちのように働かされているとは。
どうにかして救ってさしあげたい、とそんな風に考えるようになったのです。

薄(すすき)がふっくらと銀色に穂を揺らしているのを見ると、その穂に結び文をして姫に贈りました。

穂に出でて いふかひあらば 花すすき 
      そよとも風に うちなびかむ
(自然と薄の穂が出るように私の口からはあなたを恋しいという言葉ばかりが漏れてしまいます。その甲斐があれば、薄の穂が風になびくようにあなたの心が私になびいてくれますように)

時雨の宵にはその雨空になぞらえて歌を詠みました。
 
雲間なき 時雨の秋は 人恋ふる 
    心のうちも かきくらしけり
(雲の切れ間もなく降り続ける時雨の秋ように、あなたを慕い続ける私の心も暗く塞がれたこの空のようですよ)


天の川 雲のかけはし いかにして 
    ふみみるばかり わたしつづけむ
(恋人たちを隔てるという天の川。その川に雲の架け橋をどうにか渡ろうと試みるように、私はあなたへの文を贈り続けることと致しましょう)

このように右近の少将からはその後何度も文をいただきましたが、おちくぼ姫は一向に返事をするそぶりを見せません。
なんの反応も見せないままに月日は過ぎてゆきます。
この時代、その気がないのであれば、やんわりと断りの歌を返したりするものですが、ナシのつぶてという姫の態度は恋愛のルールを逸脱したもので、ありえないことです。
姫としては、親が婿を世話するということを望めない以上、人並みの結婚はあきらめてしまっているのでした。それに隠れて文など交わしていて、それが露見した時の北の方の激怒を思うと恐ろしくて文通どころではありません。
まったく気の毒なのは右近の少将です。
おちくぼ姫とてうら若き乙女、恋愛に関心がないわけではありません。
忙しさのあまり少将の手紙を開くこともなく、まとめて櫛の箱に大切にしまってあるのです。
姫は三の君が素晴らしい婿を得て幸せそうにしていると聞くたびに、この身が情けなく思われて、暗く落ちくぼんだ部屋で己の境遇を愁うことが多くなっておりました。日々縫い物にあけくれ、少しでも遅れれば北の方にやいやいと責められ、実の母さえ生きておればこのような目に遭うこともなかったであろうかと思うと、せめて亡き母君が迎えにきてはくれないかと願うばかり。
「このようなわたくしがどうして結婚などできましょう」
そう呟いては涙を流すのです。
美しい月夜を眺めても少しも心は慰められず、以前にも増してさびしさが募り、ものも喉を通らなくなるのでした。


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