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やさいクエスト(第三回)

Ⅲ.第一章 希望をはこぶものたち(2)

 と、控室に戻ろうとしたキャベツを、ジャガイモが小声で呼び止めた。王を目の前に緊張し、というわけでもなさそうだ。キャベツは彼の意図が汲めぬまま、ジャガイモと揃って頭を垂れた。
「この度の両者の戦い、まことに見事であった。特に勝者ジャガイモ、お主こそ次代の勇者となるにふさわしい。この闘技大会がどのような意味を持っておるかは、心得ておるな?」
「勿論でございます。国の武芸の頂点を極めしこのジャガイモ、必ずや世界に平和をとり戻してみせましょう」
 そう。魔王の現れた混乱の時代、闘技大会はただの娯楽ではなく、国の英雄となる器を備えた者を見出すための、重要な祭儀となっていた。
 我先にと旅立ち、帰らぬままとなった『英雄』はすでに多くを数える。兵力の衰えた国においては、民の中より実力者を選りすぐるほかなかったのである。
「では勇者ジャガイモよ。貴殿に魔王ピーマンの討伐及び、我がむすめキャーロット姫の救出を命ずる! 見事使命を遂げた暁にはキャーロット姫との結婚の権利を、つまりは次代の王となる権利を与える!!」
「はッ! その役目、命に代えても果たしてみせましょう!」
「うむ。しかし多くのものが消息を絶つ中、お主だけで旅立つのはあまりに危険じゃ。城から従者を出し、お主とともに……」
「王様。お言葉ですが、その必要はございませぬ」
 王の言葉をさえぎり、すっくと立ち上がるジャガイモ。彼はある一点を指差した。ジャガイモのやや後ろ――彼が指したのは、まぎれもないキャベツ自身だった。
 呆気にとられたキャベツに、ジャガイモが再び手をのばす。立ち上がれと言うのだ。キャベツがそれに従うと、ジャガイモは朗々と語り始めた。
「旅を共にするのに、このキャベツほどふさわしい男もおりますまい。もとより私とキャベツは互いに腕を磨きあってきた旧知の仲。その実力は王様もご覧のとおり、私に決して引けを取りませぬ」
「ジ、ジャガイモ」
 突然の提案――いやジャガイモのことだ、おおかたこの事態を予測していたのだろう。
 もしキャベツが勝っていたとしても、より強く勇者になることを望んでいたのはジャガイモの方だ。そのときはそのときで、適当な口実を作って二人旅に持ち込むつもりでいたのかもしれない。
「力を貸してくれるな、キャベツ」
 勝敗に恨みもなければ、断る理由もない。改めて差し出された手を、キャベツはがっちりと握り返した。
「ああ。二人で平和をとり戻そう」
 決意を固めた二人に、観客たち、そして王トーガンからも、割れんばかりの拍手が贈られた。かつてない熱気と興奮、大会の劇的な幕切れとともに、新たなる勇者が誕生したのである。

 熱き思いをぶつけあった戦いから一夜明け、旅支度を調えたキャベツはジャガイモの邸宅へとやってきていた。出発前に旅の方針や最初の目的地など、細々と打ち合わせしなくてはならない。
 キャベツの家で、とならないのはジャガイモが勝ったからとかではなく、ひとえにジャガイモ家の財力による。ジャガイモ家は野菜千年王国の中でも随一の資産家で、二人分の旅立ちの準備を快く引き受けてくれたのだ。
「待たせたなジャガイモ、色々あって少し遅れてしまったが」
「構わんさ。キミのことだ、また野菜助けに精を出していたのだろう?」
 キャベツは昔から優しい。つまずき転んだ子供を見れば起こして手当してやり、重い荷物に途方に暮れた娘がいれば代わりに運ぶ。そしていつも、礼は受け取らずに去っていく、そんな男だ。ジャガイモが次代を担う若き俊英なら、キャベツは国いちばんの好青年だともっぱらの評判だった。
「さすがに、わかるか」
 すべて織り込み済みと言わんばかりのジャガイモの笑みに、キャベツも苦笑した。
「勇者に任命されたのだ、これまで以上に皆の助けにならねば」
「フッ。そんなこともあろうかと、集合の時間をわざと早めにしておいて良かったよ」
 武芸ならばまだしも、策略や機知ではジャガイモにまるでかなわないキャベツであった。
「それで、準備は?」
 キャベツはちらと部屋の隅に目をやった。キャベツの自宅がそのまますっぽり収まりそうな広い広い部屋の片隅に、丈夫そうな葉で作られた袋がいくつか置いてある。携帯に便利そうな、あまり大きくないサイズだ。
「うむ。ある程度の水や食料、衣服もこちらで用意した」
 さすがに富豪、用意する物品に手抜かりはないようだ。これで腕が立ち、爵位まで授かっているのだから彼はまさに勇者になるべくして生まれたように思える。
 特に目を引くのは蒼い布地に金糸の装飾が施された煌びやかなマントだ。ジャガイモには似合うだろうが、キャベツは己に不相応ではないかと、身に着けるのを躊躇った。
「僕には少し、派手すぎやしないか?」
「何を言う。キミも立派な勇者なのだ、民の期待を背負うならばそれに見合った格好をせねばならん。自信を持ちたまえ」
 よく晴れた空を思わせる、深く優しい蒼穹のマントを纏い、キャベツは改めて身の引き締まる思いがした。
「何から何まですまないな。僕も使えそうなものを探してみたが、これしか」
 キャベツは身につけたポーチから丸い物体を取り出して見せた。瞬間、ツンとした清涼な香りが漂う。ジャガイモはすぐにその正体に気付いたようだった。
「これは……ワサビか!」
「ああ。親戚から送られたワサビが沢山あってね、すりおろして団子状にし、葉で包んでみたんだ」
「なるほどワサビもキャベツと同じアブラナ科か。これを投げつければ大抵の者は悶え苦しむだろうな」
 武器としての威力は申し分ない。それはキャベツも誇るところだ。しかし。
「他にも、僕に用意できるものがあれば良かったのだが――」
 旅に欠かせぬ衣食を揃えてくれたジャガイモに対し、ワサビ団子しか提供できない自分のなんと情けないことか。
 対等の地位に立つことは難しいといえ、キャベツは友に負担を強いるばかりの己を恥じるほかなかった。
「皆まで言うなキャベツ、そもそもキミに協力を願い出たのはオレだ。それに」
「それに?」
「……いや、何でもない。この旅にキミの力が必要なのは確かなのだ。そう落ち込まないでくれたまえよ」
 ジャガイモの態度にわずかな違和感を覚えたキャベツだったが、それ以上は聞けなかった。たとえ聞いたところで彼のことだ、きっと上手くかわすだろう。

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