やさいクエスト(第十一回)

Ⅺ.第二章 未来のゆくえ(2)

 国の南方に広がる渇きの砂漠、ここを越えれば新天地、そしてその手前に築かれたというピーマンの居城は目と鼻の先だ。旅は順調、二人を乗せたトロッコ列車は変わらぬ速度でレールの上を進み、砂漠を突っ切る――
 と、思われた。しかし。
「坊っちゃん! ジャガイモの坊っちゃん!」
「どうした、何があった!」
 突然、運転席のカブさんが悲鳴のような声を上げた。普段の様相からは想像できないほど鋭い響きだ。ジャガイモは体を跳ね上げると、腰の剣に手を掛けて態勢を整える。キャベツもまた、ジャガイモに倣った。
「ナスが出やがった!!」
 乗るだけ曳かれるだけのトロッコからは、運転車両に移動することはできない。ジャガイモとキャベツがトロッコの淵から身を乗り出して前方を注視すると、鮮やかな紫色をしたナスが三体、まさしく線路をふさぐように待ち構えていた。
 そこまでは、まだいい。
 だがあろうことか、ナスの胴には脚代わりとなる四本の木の棒が突き刺さっていたのだ。
「馬だ――ナスの!」
 キャベツは目を疑った。そういう風習があるとは聞かされていたが、実際に四本足で立ちはだかるナスに出くわすなどと考えたことはなかった。ナスの背には、お馴染みのパプリカ兵がそれぞれ一体ずつ、硬質なゴボウの槍を携えて跨っている。
精霊馬! おのれピーマン、精霊すら愚弄するか!」
 ジャガイモが怒声を張り上げた。しかしトロッコの中からでは迎え撃つのも難しい。
 列車がひとたび揺れたかと思うと、そのスピードを大きく落とした。必然だ。衝突を免れるために、運転士のカブさんは速度を落とすほかない。
 と、カブさんの行動を予測していたとばかりにナスの馬が動いた。向きを変え陣形を展開し、亀の歩みの如くとなった列車と並走を始める。一体は前方に陣取って動きを封じ、残り二体は左と右とにそれぞれ回った。先頭車両を囲むような位置取りだ。陣形を整え終えるとすぐさま両側のパプリカたちが攻撃を開始した。狙いは車両のやや下方、今なお回転を続ける車輪へと一心不乱に穂先をぶつけ、後ろのキャベツとジャガイモには目もくれない。パプリカの標的は最初から列車そのものだったのだ。
 せめて狙いが自分たちであれば応じられたものを、キャベツもジャガイモも歯噛みしながら列車が破壊される様を見ているしかなかった。トロッコから降りたところで、騎馬兵と歩兵どちらが有利かは自明の理だ。
「やめてくれえ、車輪が、列車が!」
 硬いものと硬いもののぶつかる硬い音、そこに混じるカブさんの悲痛な叫び。焦燥ばかりが募っていく。
 やがて車体ががこん、と傾いた。鈍い音が砂漠に響き渡り、レールと車体がこすれ合う気味の悪い振動と衝撃が運転士と乗客を襲う。ややあってそれが収まったときには列車は完全に停止し、ナスの馬も走り去ってしまっていた。
「カブさん!! 大丈夫ですか!?」
「キャベツの御仁、心配なさんな、アッシは大したことはねえ」
 キャベツは我先にとトロッコから飛び出すと、カブさんのいる先頭車両へと急いだ。ドアをはね開けて姿を確認すると、カブさんが呼びかけに手を振って応じる。少々よろめきながらではあったものの大きな傷はなく、どうやら無事のようだった。
「オヤッサン、無事か!」
 キャベツに数歩遅れてジャガイモも駆けつけ、腰の抜けたらしいカブさんを、力を合わせて車両から引っこ抜く。
「すまねえ、坊っちゃん。このままじゃろくに修理もできねえ、列車はしばらく立ち往生だ」
 傾いた列車は車輪の一つが完全に外れており、他のものもかなり傷んでいた。走れるようにするだけでも数日はかかるだろう。誰も大きな怪我がなかったのだけが幸いといえば幸いだが。
「仕方がない、オレたちも迂闊だった。もっと警戒しておくべきだったのだ」
 ジャガイモは肩を落とした。カブさんも力なくうなだれる。
 この列車で目的地を目指すのが最も簡単ということなら、迎え撃つ側が網を張るのもまた簡単、というわけだ。まして線路の通りにしか走れない乗り物なら尚更である。王城からある程度離れていてすぐにはトーガン大王の目が届かず、視界が開けていて、徒歩で進むには過酷な――騎馬での迎撃に、この砂漠はなんと適した場所であることか。
「いやに、引き際がよかったが……」
「地上絵での戦いで多くの兵を失ったのはピーマンにとっても痛手だったはずだ。万が一、馬まで失うとなれば部下の士気にもかかわる。その点、列車の止めてオレたちもろとも砂漠に投げ出してしまえば、うまくいけば行き倒れ、よしんば渡りきられたとしても戦力を整える時間が稼げ、疲弊したオレたちなら容易に叩ける――そんなところだろうさ」
 キャベツの疑問に対し早口でまくしたて、ジャガイモは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「オヤッサン、歩いて帰れるか」
「へえ。ここはまだ砂漠の入り口だ、引き返すぐれえなら、何とか……」
「このマントで身を包んでいるといい。もう若くないんだ、草原の風と陽射しでも体に堪えるだろう」
「しかし、坊っちゃんはこれから砂漠を越えるんでしょう。そもそもアッシは……」
「何も言うな。オレもだ、根性で行くまでよ」
 カブさんに皆まで言わせず、ジャガイモは着ていた蒼いマントを脱いで、水と共に手渡した。受け取りを渋っていたカブさんになかば強引に押しつけた格好だ。
 一方のキャベツはカブさんの言わんとしたことに、おおよその察しがついていた。カブは日当たりがよく、涼しい場所を好む野菜である。若苗草原の気候はカブさんにとって最適といっていいものだ。この時は単純に、ジャガイモが同じアブラナ科のカブさんを気遣ってくれているものと、ただ嬉しく思っていた。

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