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やさいクエスト(第十七回)

XVII.第三章 夢のあとさき(1)

 翌日、二者は遅い朝食を済ませると、地図にない町を後にした。長く続いた線路の果て、ピーマンの居城まではもうどれほどもかからない。順調にいけば、日没までには到着の運びだ。

「ジャガイモ、君はやはり、運命を変えたいと願うのか」
「オレは――野菜として、植物としての生を全うしたい」
「いずれ枯れるか腐るか、どちらかでも?」
「それが自然というものだろう。キャベツは違うのか?」
「……誰かの糧になるのは、それほど不幸なことだろうか」
「――フッ、あくまで他者のためにか。お前らしいな、どこまでも」

 歩みを進めるにつれ、魔王の城の全貌が明らかになっていく。まだいくばくかの距離を残していながらも眼前を埋めてしまわんばかりの巨大な魔城は、主以外の全てを拒絶するかのような、絶大な威圧感を放っていた。
「何か――来る!」
 暗雲立ち込める中、ジャガイモが天を仰いだ。キャベツも顔を上げる。黒い雲の塊が見る間に引き裂かれ、そこから現れたのは――
ネ、ネギ!? でかいぞ!」
「ネギの化物だ、王城を襲い、姫をさらったという――!!」
 まずキャベツが声を上げ、ジャガイモが続いた。王城急襲の折に目撃された、宙を舞う長大なネギの化物。魔王との戦いを目前にまで控え、その忠実なるしもべがいよいよ二人の前に姿を現したのである。
「フッフッフ。お前たちの旅もここまでだ、勇者ジャガイモ、そしてキャベツ」
「あれはナス――いや、だが色が……!」
 ネギの化物の背に、それを操るナスの存在を認めるキャベツ。不敵な笑みを浮かべ二人を見下ろすその男は、ナスでありながら豆の莢のような緑色をしていた。
「我が名はアオナス。魔王様に楯突く不届き者め、この場で灰燼と化してくれる。ゆけいっ!!」
 暗い色のローブをひるがえし、あからさまに二人を蔑視するアオナス。彼の号令を受けたネギの化物がその身を大きくひねらせたかと思うと、風の速さで牙をむいた。キャベツもジャガイモも、散り散りになりながらどうにか攻撃をかわす。だが牙の後には鋭い爪が迫り、その隙のない攻撃の前に両者ともなすすべなく逃げ回るしかなかった。
「ハーッハッハッハ! 手も足も出まい!!これぞ我が暗黒品種改良の生み出せし魔物、ナーガ・ネギの力よ!!」
 ネギにもかかわらず強靭な顎と牙、鋭い爪を備える様はまさに龍。さらに尻尾の一撃まで加わり、なおも防戦一方のキャベツとジャガイモ。活路ひらけぬ戦いの最中、ジャガイモが突然自分の剣を打ち棄てた。さらに。
「キャベツよ、お前にこれを託す」
 ジャガイモはナーガ・ネギの攻撃の合間を縫ってキャベツに駆け寄り、背にした『天地の剣』をキャベツに手渡した。
「ジャガイモ?」
 頼みの綱であるはずの『天地の剣』まで、自らの手から放すジャガイモ。だが目を見ればわかる。決して戦いまで投げ出したわけではない。しかし恐るべき魔物ナーガ・ネギに、武器を持たずしてどう対抗しようというのか。
 キシャアアアァァ!!
 耳障りな咆哮が大気を震わせる。ナーガ・ネギは攻撃の手を緩めることなくどこまでも追いすがり、その牙が再三、二者を襲った。
「くっ!」
 キャベツもジャガイモも、迫るネギのあぎとを横っ飛びにかわす。が、ジャガイモの動きはほんの一瞬の間、キャベツに遅れた。
 ばごん。
 すぐ隣で、砕けるような鈍い音がした。キャベツは反射的に音のした方を振り返り、絶句する。
 ジャガイモの体が大きく欠けていたのだ。体の左半分、ほとんど二分の一近い部分が、隕石でも衝突したかのように抉られ、消失していた。ナーガ・ネギの牙が、わずかに動き出しの遅れたジャガイモをとらえ、その半身を食ったのである。
「ぐああああ……ッ!!」
 地に伏し、苦悶の声を上げるジャガイモ。
「ジャガイモ!!」
 駆け寄るキャベツ。しかしジャガイモは差しのべられた手を残った半身で振り払うと、ナーガ・ネギを指差して叫んだ。
「キャベツ!! チャンスは今しかない!」
 見ると、ナーガ・ネギ長い体を幾度となく捩っては戻しして、空中でぐねぐねと身悶えしていた。食われたジャガイモより苦しげに蠢くその姿は先ほどまでの猛攻からは想像もつかないものだ。
「き、貴様ァ!! 一体何をした!!」
 アオナスもナーガ・ネギが暴れる理由が分からず、ただ振り落とされまいとしてコントロールの失われたネギの背にしがみつくばかり。
「ククッ、何も。今のオレの身は毒でしかない。そこのデカブツが、知りもせず勝手に毒を食らっただけのことよ……!」
「ど、毒だと!? どこにそんなものを!!」
「オレたちジャガイモは、日に当たればその身に毒を蓄える……。同じ野菜に効くかは賭けだったが、どうやら『異物』程度には認識してくれたようだ……くうっ……!!」

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