見出し画像

やさいクエスト(第十二回)

Ⅻ.第二章 未来のゆくえ(3)

 カブさんは不慣れなマントで身をくるむと、茸山トンネルの方へと引き返していった。その背が消えるまで見送ると、後には長く続く線路と傷ついた列車だけが残り、にわかに日差しが強まったかのようにさえ思われた。長閑な列車の旅が一転、ここから先は過酷の一途である。それでも、歩みを止めるわけにはいかない。
 線路のお陰で道に迷わず進めるのがせめてもの救いだ。ひとたび方向感覚が狂えば干物になるのを待つばかりである。しかし、道標があるからこその苦しみも、ないではなかった。
「暑いな……」
 歩き続けることしばらく。キャベツは誰にともなく呟いた。行けども行けども砂ばかり、線路の先の景色は歩けど歩けど変わらない。この路に果てはあるのか、本当に前に進んでいるのかさえ疑わしくなってくる。
 渇きの砂漠の名の通りの荒漠たる砂地、そしてとめどなく照り付ける灼熱の太陽。普段は欠くことのできない陽光も、ここでは容赦なく水分を奪う慈悲なき光線でしかない。長居は命取りと理解しているだけに、焦りと不安ばかりが増していった。
「キャベツ、大丈夫か」
「ああ、マントのお陰で直射日光こそ防いでいるが――」
 先頭を歩くジャガイモが、キャベツの方を振り返った。キャベツは日差しを浴びないよう注意しながら、奪われ続ける水分を幾度となく補給して、どうにか動けている状態である。苦しいのは確かだ。とはいえ。
「君の方こそ平気なのか、ここまでの暑さはとても耐えられるものでは……」
 ジャガイモには日差しを遮るものさえない。キャベツもマントの共用を提案したものの、ジャガイモが頑なに拒否したのだ。
「オレのことは構わん。わずかばかりとはいえお前よりは暑さに強いし、葉の傷みを心配する必要もないしな」
「しかしジャガイモ――」
「オレに構うなッ!!」
 ジャガイモが声を荒げた。突然だった。
 言葉を失うキャベツに、ジャガイモははたと我に返る。彼は目を伏せて頭を垂れた。
「すまん、どうかしているな。ただ、オレは本当に平気だ。キャベツ、キミは自分の体だけ気にしていればいい」
 ここにきて感情をあらわにするジャガイモ。余裕を失うほどの懊悩を胸の奥に秘めながら、何か重大な決意を固めているような――。
 悲愴感を伴う、途轍もない覚悟。そんな風に、キャベツの目には映った。
「ありがとう」
 キャベツは礼を述べるしかできなかった。歩きながら――背を向けたままで片手を上げて応えるジャガイモ。その様子に安堵しながらも、やはり心配も残ったままだった。
 互いが言葉にできない思いをしまい込み、過酷な暑さのせいもあって口数が減っていった。しばらく無言のままで歩き続ける二者。やがて時間だけが過ぎていき、昼下がり、午後の太陽がひときわ熱を帯びた光を放ってきた時であった。
「うっ……!」
 キャベツはついに倒れた。体力の限界がやってきたのだ。水筒はとっくに空になっていた。
「キャベツ!!」
 異変に気付いたジャガイモが振り返る。ジャガイモも自分の水筒に手を掛けたものの、重みはほとんどなかった。苦しみにあえぐキャベツと、自身も限界に近いジャガイモ。
 全滅。最悪の蓋文字が二人の脳裏に浮かぶ。
 と、ジャガイモがキャベツの水筒をつかみとり、進路の先、前方へと駆け出した。まっすぐ走るのも困難な状態で、それでも必死に走っていくジャガイモ。キャベツは単身、砂漠の真っただ中に取り残される形となる。
 何がジャガイモをそうさせたか定かでないが、キャベツの心は不思議と穏やかだった。無二の友である彼が、このまま自分を見捨てていくはずがない。キャベツは友情を信じていた。
 あるいは、足手まといが消えることで、ジャガイモが目的を達してくれるなら、それもまた。
 彼の知略戦略に間違いなどないのだから、とも。
 道半ばで倒れるのもやむなしと、覚悟を決めたキャベツ。まぶたを閉じる直前、かすむ瞳でとらえたものは――。
「ジャ、ガイモ?」
 去って行った時と同じように、力を振り絞って帰ってくるジャガイモの姿であった。ジャガイモは砂に足を取られ躓きながらも、懸命にキャベツのもとへと駆け寄ってくる。
「キャベツ! キャベツ! しっかりしろ、オレたちは助かるぞ!!」
 疲れで枯れかかった声を張り上げながら、ジャガイモは水筒の蓋を開け放った。なみなみと汲まれた水が飛び散り、キャベツの葉を濡らす。キャベツは口元に運ばれた水筒を力強く掴むと、一気に中身をあおった。体の隅々にまで活力がいきわたる。
 ジャガイモもひとまず安心したのか、携えたもう片方の水筒で存分に水を飲む。両者とも文字通り、生き返ったような気分だった。
「この水はどこから? 僕たちは本当に助かるのか?」

前(第二章・2)   次(第二章・4)

読んでいただきありがとうございました。よろしければサポートお願いいたします。よりよい作品づくりと情報発信にむけてがんばります。