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短編小説集

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自作の短編小説を集めてあるよ。ジャンルフリー。
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2024年1月の記事一覧

ガラスのハート

 雨が降っていた。いつ止むともしれない雨だった。 (今日は、お客さん来ないかも)  山際の小道沿いにガラス作品のギャラリー兼販売店を構える優愛は、テーブルで頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。  元々人通りの少ない場所、といっても晴れていれば近所の住人が通りがかったり、散歩がてらお店を覗いてくれたりする人もいる。それが今日はまだ誰とも会っていない。しとしとと降り続く雨の音だけが耳についた。普段は度が過ぎるほど賑やかな虫たちも、すっかり息をひそめている。  テーブルの端には新作

妄想の桃

 昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいたと思われる痕跡が残されていました。  おじいさんは病に倒れ待つのは死ばかりに、おばあさんは嘆きのあまり川で入水したというのが近所でまことしやかにささやかれていたうわさです。おじいさんの親戚から『連絡が取れない』との通報を受けた警察が家の中に立ち入ってみると、現実はうわさとはまるで合致しないではありませんか。現場に緊張が走りました。  残念なことに、おじいさんが亡くなっているのは事実でした。家の中に遺体がそのまま放置さ

ハイスピード・イセカイ

#ショートショート #ファンタジー  ある日のこと、男子高校生の域成逢斗は凍ったバナナに頭をぶつけて意識を失い夢とも現実ともわからない中で異世界の神に導かれレベル最大かつ強力スキルを持った状態で現代日本とは違う世界に勇者として転生し、神的な力によって個人的な都合や展開を色々すっ飛ばした状態で魔王の居城の玉座の部屋の一歩手前の扉の前で今まさにラスボスと対峙しようとしていた。 「たのもう!!」  逢斗が物々しい扉を力まかせにはね開けると、玉座に腰かけた魔王と視線がぶつかった。魔

絶対平和社会

 読んでいた新聞を傍らのマガジンラックに収めると、エム氏は残りのコーヒーを飲みほした。今朝の朝食は五枚切り食パンのエッグトーストとサラダ、そして一日のはじまりにいつも欠かさないコーヒーだ。ダイニングにはまだコーヒーの良い香りが残っている。 「ありがとう」 「いいえ」  食事を用意してくれたのは妻のアイ氏だ。朝の忙しい時間にもかかわらず、アイ氏は笑顔で応じてくれた。  食事だけでない。エム氏の仕事が忙しい時などは家事のほとんどが妻に任せきりになってしまう。感謝してもしきれない、