見出し画像

あこがれの出版社

厳選なる審査の結果、採用内定が決定いたしましたので、ここに通知いたします。
面接を担当しました二人から、「優香さんにぜひ、うちに来てがんばって欲しい!」という言葉がありました。

出版業界で働くことを夢見て5年。
ついに、出版社からはじめての内定が出た。
かねてより切望してやまなかった「本にかかわる仕事」に就けることが決まった。



大学3回生の春あたりだっただろうか。
にわかに周りが就活モードに入り始め、あれよあれよというまにインターンだのSPIだの、なじみのない言葉が飛び交うようになった。

就活まっただなかの先輩はげっそりとこけた顔をし、50社100社受けるのは当たり前だという噂がまことしやかに囁かれた。
いわゆる就活とは、悩んで泣いて落ち込んで、死にそうな思いをしながら、それでもやらなきゃ詰むからやるものなのだということが、わかりはじめた頃だった。

無理、と思った。
ネームバリューや条件面でいいなと思っただけの会社に入るには、後付けの志望動機や緻密なロジックに基づく自己PRが必要で、そんな芸当は到底自分にはこなせないと思った。

聞こえのよい言葉で嘘をついても絶対ばれるし、そんなことはやりたくない。
ならば、本当にやりたいことに絞って、嘘のない言葉でやりたい気持ちを示すしかない。

そんなことを考えていた頃、就活イベントの一環で、大学に講談社の方がいらっしゃった。
詳しいことは忘れてしまったが、編集者の仕事についてお話しされていたと記憶している。

そのとき、他のどんな業界の話を聞いた時とも違う、胸の高鳴りを感じた。
以前から淡いあこがれは抱いていたが、はっきりと気持ちが決まったのは多分あのときだった。

わたしは出版社で編集者になろう、と決めた。

出版社就活、全滅

結論からいうと、新卒での就活は全滅だった。
出版社に絞って意気揚々と臨んだまではよかったが、まあどこにも受からなかったこと。

いったい誰が興味あるねんという感じですが、記憶にある限りの受けたところ(=落ちたところ)をここに供養させていただく。もう4年前の話やし、今さら自慢にも自虐にもならんと思うので……。

選考の流れは、書類選考(ES)→筆記試験(SPI、一般教養、エンタメ問題、作文など)→一次面接二次面接(同時に作文があった会社も)→三次面接(ここを通過すればほぼ内定)→役員面接内定、という感じでした。

・講談社(三次面接)
・小学館(二次面接)
・新潮社(二次面接)
・福音館書店(書類選考)
・集英社(筆記試験)
・光村図書出版(二次面接)
・文藝春秋(筆記試験)
・光文社(書類選考)
・中央公論新社(書類選考)
・白泉社(一次面接)
・高橋書店(筆記試験)
・ひかりのくに(筆記試験)

だいたい志望度が高かった順。文芸書→児童書→青年漫画の順で志望していたのでこんな感じでした。
()内は落ちた選考。未だに執念深く覚えててウケますね。

出版社就活は厳しいとは聞いていたけども、こうもボロボロ落ちるかと。
(就活の記録はこのマガジンに……。)

結局このほかに、広告会社、印刷会社、新聞社、書店などを数社受けるもやっぱり全滅。

周りがどんどん内定を手にする中、途方に暮れて大学4回生の夏を迎えたのだった。

やりたい仕事がわからない

やけくそで登録したスカウトサイトをきっかけにWEB制作会社から内定をいただき、2019年の春から東京で働きはじめた。

ところが、なんやかんや3ヶ月で転職。
転職先での仕事はおもしろく、また人にも恵まれた。東京のお姉さんたちにかわいがってもらい、楽しい夜をいくつも過ごした。

しかしながら、当時のわたしの夢は、一点の曇りもなく「恋人と日常を共にすること」のみであった。

このうえなく恋愛体質な人間であるのに、うっかり遠距離恋愛なぞに身を置いてしまったのが間違いだった。
コロナ禍も追い討ちをかけ、ひとりで過ごす日々の寂しさがついに限界を迎えた。

いついなくなるかもわからない他者に自分の夢を委ねるのは危険だとわかっていたし、できれば自分の中に何か目標が欲しかったけれど、そんな余裕はどこにもなかった。
あれほど強かった出版業界への想いも、とうに消え失せて過去のものとなっていた。

いったんこの切羽詰まった状況をどうにかしなければ、次にやりたいことはきっと見えてこないだろう。
そう考えたわたしは、地元である関西に戻って恋人と一緒に暮らすことに決めた。



2021年の初めに神戸へ引越し、4ヶ月の無職期間を経て、6月から今の会社で派遣社員として働きはじめた。

今の会社では、ライターとコンサルと事務を足して3で割ったような仕事に従事している。
幅広い業界、多岐にわたる業務に携わる仕事で、入社当初こそ何度もパニックに陥ったけども、場数を踏むうちにだんだんおもしろくなっていった。
どうやら自分に向いているらしいと思ったし、仕事を評価していただきチーフ職を拝命したのもうれしかった。

そんな折、正社員化の打診があった。
これが自分のやりたい仕事だとは言い切れなかったけども、「嫌じゃない仕事」であることは間違いなかったし、がんばってみようかと心を決めかけていた。

ライツ社との出会い

そんなある日の退勤中、電車の中でこの記事に出会った。
兵庫県明石市の出版社・ライツ社の、出版営業の求人だった。

まっすぐな言葉にひどく胸を打たれ、反射的に涙が出た。
すっかり消え失せたと感じていた想いを引っ張り起こされた気がした。

新卒のときは編集者という選択肢しかなかったけれども、いくつかの職を経て、また好きなものを語ることが得意だという自分の特性を鑑みて、「今のわたしがやりたい仕事はこれだ」とはっきりわかったのだった。

(このときの心の動きを記したエッセイはこちら✍️)

書類選考を無事通過し、一次面接では全社員の方、そして二次面接では代表のお二人とお話しさせていただいた。

いずれの選考でも、新卒の就活でよくあった、こちらを吟味したり試したりするような質問は一切なかった。
イメージする仕事と齟齬がないようにと、先方からの説明にもていねいに時間が割かれた。

また、こちらのどんな瑣末な話にも真摯に向き合ってくださり、単なる応募者ではなく個々の人間として見てくれていると感じた。そのことが泣きたくなるくらいうれしかった。
ここで働きたい、と強く思った。

しかしながら、結果は不採用だった。

仕事中に結果連絡のメールを見て、少しだけトイレで気持ちを整えてから仕事に戻った。
帰り道、乗り換えの駅のホームで我慢できなくなって泣いた。
わたしは、本当にライツ社で働きたかった。

やっぱり出版業界で働きたい

その頃、現在の就業先の面接はすでに終えており、内定もいただいている状態だった。
だめだったら心機一転、今の会社で正社員としてがんばろう、と選考を受けるまでは思っていた。

でも、結果が出た頃にはすっかり心変わりしてしまっていた。
新卒の時は「仕事」という枠で出版社を選んでいたけれど、今は人生すべてにおいてのやりたいこととして、本の仕事があるのだと気がついたのだった。

そして、面接で代表の方が仰っていた「毎朝、『今日も自分は出版業界にいるぞ』と思います」という言葉を忘れることができなかった。

わたしもそうありたい。
やっぱりわたしは、出版業界で働きたい。
それも「いつか」じゃなくて、できるだけ早く。
大好きな本にかかわる仕事に就きたい。そして何よりも、出版業界で働く自分を見てみたい。

ライツ社と出会い、人生が変わってしまった。
というか、息をひそめていた、でも確かにまだ自分の中に残っていた想いを呼び覚まされてしまったのだと思う。

正社員化の話はお断りし、派遣社員を続けながら転職活動を行うことに決めた。

人生初の出版社内定

関西における出版社の求人はそもそも数が少ない。
その中から、自分の条件(未経験可であること、出版物のジャンル、会社の雰囲気、残業が多すぎないことなど)に合うところを選ぼうとすると、砂漠で砂金を探しているような途方もない気持ちになった。

なんとか見つけたところにいくつか応募するも、ほとんど書類で落ちてしまう。
転職回数がネックなのか、それとも志望動機の暑苦しさがだめなのか。わからなかったが、後者を変えれば自分に嘘をつくことになるし、なるべく今のままの方向性で行きたかった。切羽詰まっているわりに頑固である。
ライツ社の二次面接で言っていただいた「この人なら出版業界を明るくしてくれると思いました」という言葉がお守りだった。

2022年7月下旬。
いつものように転職サイトを漁っていると、上に書いた条件をすべて満たす求人に出会った。
東京にある出版社の、関西エリアでの書店営業。
正社員ではなく契約社員であることが唯一のネックともいえたが、応募しない理由にはならなかった。本当の気持ちだけを書いた書類を送った。

すると、翌日には書類通過の連絡があり、リモートで行われた一次面接のあとも、翌日に通過連絡が来た。

こんな快挙(※自分比による)はそれこそライツ社以来であり、軽率に浮かれた。
今度こそ……!?とつい思ってしまう。

二次面接は、一次と同じ面接官の方と対面でお会いできるとあって、緊張よりも楽しみな気持ちが大きかった。
面接という名のもとではあったけれども、一問一答形式ではなく、ほとんどの時間がわたしからの質問に対するご回答、および対話で過ぎた。

きっと聞かれるだろうと覚悟していた離職理由を突っ込まれたり、「あなたにとって本とはなんですか?」といった抽象的な質問が投げられたりすることもなかった(後者に関しては「軌跡であり、相棒であり、道標です」というキザな答えを用意していたのに……)。

出版営業のおもしろさや会社の誇りについて、熱を込めてお話しされる先方の言葉がまっすぐに刺さり、涙が出そうになる瞬間が何度かあった。
そしてわたしの言葉もまた、意図する形できちんと伝わっていると思えた。出版業界に懸ける想いを熱く語るわたしを、真摯に受け止めてくださったと感じた。

得難い経験だと思った。
面接である以前に、そんなふうに言葉を交わせる方々と出会えたことを、しみじみとうれしく感じた帰り道になった。

その翌日、内定の連絡が来た。
人生初の、出版社からの内定だった。



正直なところ、もっともっと感情が滾ると思っていた。
内定が出て数日が経つけれども、いまいち実感が湧いていない。

応援してくれていた各方面に連絡し、お祝いの言葉に感謝を述べつつも、未だにふわふわした気持ちでいる。
これまで幾度となく夢想してきた内定後のわたしはいつだって号泣していたのに、実はまだ一度も泣いていない。現実って案外そんなもんですよね。



大げさではなく、これから第二の人生が始まるような思いでいる。

あこがれが大きいぶん、きっと現実とのギャップもたくさんあるだろうし、自分に失望することも数知れずあるに決まっている。

でも、できることを全力でやろうと思う。
知らないことは一生懸命勉強したいと思う。

出版社の方が心を込めて作った出版物を読者の方へ届けるための架け橋として、一日も早く活躍できるよう尽力したい。
これは志望動機に書いた文章そのままです。心から本当にそう思う。

出版業界を変えたいなんて大それたことは言えないけれど、わたしがいるのといないのとでは少しでも違った世界になるようにしたい。
ごくささやかだとしても、業界の一端を担う力になりたい。今はまだ自分に何ができるかわからないし、抽象的なことしか言えないけれど、その気持ちにいっさいの偽りはない。

本が好きだ。ずっと好きだ。
こんなに好きなものを仕事にできた自分のことを誇らしく思いたい。少なくとも、今は。

来月の今頃、わたしは、出版社で働いている。

本記事への掲載をご快諾くださったライツ社さま、この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?